「オーケイ?いくよ」 「……少し緊張するね」
そんなこという割に、作戦会議のうちにいくらか落ち着いたのか、勘ちゃんはだいぶいつものペースを取り戻していた。声音が柔らかい。
私もその柔らかさに乗っかるように、へらりと笑った。あぁ、勘ちゃんがいると、全てが上手くいく気がする。
例の魔法道具に触れる。勘ちゃんや三郎が殴っても蹴っても(!)ピクリともしなかったレバーが、簡単に倒れた。
ちなみに魔法道具の台座は私の胸くらいの高さだ。勘ちゃんと三郎の身体能力は、もはや人間ではないと思う。ナナマツかよ。
「……音とか、しないのね」 「警報でも鳴るかと思ったがな」 「もー、ふたりとも!喋っちゃダメだってば!」
勘ちゃんがジタバタと暴れる。元気だなぁ。
三郎の声がした方向を確認することもなく、私も部屋の隅に移動する。
さぁて、何が来るかな。 予想では、上級兵士が数人ってところなんだけど。 三郎の話じゃ、サルート王政府は魔導師とかいう兵も抱えているらしい。しかもその、魔法専門の兵士は、オロゴスタの方が圧倒的に数が多いんだとか。
それが来ちゃうと、面倒だなぁ。
ドタバタと足音が近づいてきて、勘ちゃんが身構える。ゆっくりと、窓を背に下がってきた。 私と三郎も、窓のある壁の端に待機している。 勘ちゃんもこの部屋には気絶している状態で入ったので、部屋の出入口を知らないのだ。
壁の向こうから、くぐもった声が聞こえる。
「開けろ」 「了解」
その瞬間、部屋の壁の一部が、溶けるように消えた。
これが、魔導師。魔法を本職とする人間が扱う、魔法なのか。
壁が消えても、ぼんやりとした薄い膜がそこにはあるようだった。内心で舌打ちする。 これは、プランAじゃ突破できまい。2人に伝える方法はないけど、プランBですね。
ガタガタと甲冑を鳴らしながら、兵士が部屋に雪崩込んでくる。勘ちゃんを囲んで、見事な陣形だ。よく訓練されている。
「……俺に、まだなんか用?」
勘ちゃんがのびやかに言う。そのこめかみに汗を確認して、私もグッと奥歯を噛んだ。 緊張してるのは、私だけじゃない。
「貴様、その剣はどうした」 「え、これ?」
ひとりだけ甲冑の色が違う兵士、これが上級兵士なのだろう。勘ちゃんを問い詰める。
「さて、どうかなぁ」 「答えろ」
勘ちゃんの答えに、兵士の輪が縮まる。
タイミングは、もしかして、今かな?
きっと三郎も、動いたのは同時だろう。
できる限り兵士達に触れないように、素早く部屋を駆け抜ける。時間としても、限界だった。日が落ちる。
兵士達に、私と三郎の姿は見えていない。 いや、見えていなかったはずだ。
「なんだ!?」
私と三郎が動いたことで、空気が動く。もちろん、避けきれなかった兵士に身体がぶつかったりもした。 目に見えない存在に、兵達が慌てふためく。その混乱を利用して、勘ちゃんも動く。
「焦るな、相手は魔導師だ」
部屋の外から声がする。
3人、それぞれの位置から、部屋の出入口を目指して走る。 三郎の方が、足は早かったようだ。 壁の真ん中にアーチ状に空いた出入口、そこに張った薄い膜が揺らぐ。 その膜からするうりと、抜け出すように現れた三郎の姿を見て、やっぱそうだよねぇと思う。 魔法、無効化だ。これ。
部屋の窓から差し込む西日が、ゆっくりと角度を変えていく。 成功するかどうかはわからなかった。それでもたったひとつの光源、水の魔石、炎の魔石、低い太陽高度にかけた。
私は、姿を隠す魔法なんて使えない。これは、水蒸気を扱った魔法だ。光魔法とでも呼ぼうか。 様々な要素が組み合わさって、初めて生まれた可能性だ。 そしてそれも、この膜を越えれば無効化される。
「っ来るな!」
来るなって、そんなこと、言ったって。
たぷんと揺れる膜を、私の身体はもう通り抜けようとしている。左手の拳が、右手で握りしめた短剣が、もうそこに存在している。
部屋の外、廊下では三郎が、ぴりりとした空気を纏って佇んでいた。弓を引き絞って、緊張した面持ちだ。立ち姿がどことなく格好いい。
その背に、ころんころんと、私と勘ちゃんが連続でぶつかる。
「わー!ごめん!」 「おっと!なんでこんなとこで止まってんの」 「ッお前らなぁ!!」
どうやら三郎くんはおこらしい。
「障壁を張っておいてよかったよ」
焦るな、相手は魔導師だ。そう言った声だった。 くぐもって聞こえていたのは、どうやら壁の向こうだからというだけではなかったみたい。
異様な風体だった。魔法道具だろうか、不思議な質感の甲冑を身にまとっている。 怪我の痕が垣間みえる隻眼が、ひどく印象的だ。
三郎が黙って、矢を放つ。男はひらりと身を交わした。
「はやく行け」 「は」
私は目を見開いた。 三郎の声が、焦っている?
そうこうしているうちにも、部屋からは兵士達がゾロゾロと出てくる。
「三郎、お前」 「後で追いつく。作戦通りにやれよ」
勘ちゃんに短く命令する三郎は、もうこちらを見ていない。
勘ちゃんと2人、迷う暇はなかった。無駄に傷つく必要はないし、雷蔵を探さなくてはならない。 グッと床を踏みしめる。三郎なら、きっと大丈夫。
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