「いったい!ちょっと三郎!?なにしてんのよ!」
「うるさいな!?お前が私に乗ってきたんだろうが!」
「はぁ!?あんたが悪いんでしょ!?もーほんといい加減にしてよ!顔に傷がつく!」
「お前の顔なんて傷がついても困らないだろうが!」
「殺すぞ!!」

「……エリコちゃん、雷蔵?」

転がり込んだ先でやいのやいのと三郎と言い合っていたところに、驚きのめいっぱい詰まった声がかけられてハッとする。
顔を上げれば、ほんの2日間別れていただけなのに、とても懐かしい顔が、はらりと涙を流していた。

……涙!?

「か、勘ちゃん、どうしたの、何かされたの!?」

慌てて身を起こし、勘ちゃんに駆け寄る。ついでに三郎の股間蹴っておいた。避けられたけど。

「エリコちゃん」
「そうだよ、エリコだよ、助けに来たの」

勘ちゃんの肘のあたりを掴んで、顔を覗き込む。
勘ちゃんは涙を流しながら、ぐっと唇を噛んだ。

「勘ちゃん?」
「……どうして、来たんだ」
「……え……」

言われた言葉が、一瞬飲み込めなかった。

どうして、来たんだ。

……あぁ、

「そんなの、今は置いておこうよ」

仲間だからだよ、なんて、軽い言葉はとっさに吐けなかった。
左手に抱えたままだった勘ちゃんのアイテムポーチを、その手に握らせる。

「ほら、自分で持って、勘ちゃん」

三郎も背後から寄ってきて、その腰に佩いていた剣を外し、勘ちゃんに差し出した。
ぼんやりと勘ちゃんが顔を上げる。

「ほら、剣くらい自分で持て。腰が重くてやってられん。お前、サルートの貴族なんだろう」
「……雷蔵?」
「あ、勘ちゃん違うの、こいつ雷蔵と顔そっくりだけど、雷蔵じゃないよ。もっとずっと失礼」
「おい」

また視線をおとして剣を見つめるだけの勘ちゃん。三郎がそれに焦れて、ずいっとさらに剣を押し出した。

「どうした、お前」
「勘ちゃん、」

どうしたの、いつもの勘ちゃんらしくないよ。どうして何も言ってくれないの。雷蔵はどこにいるの。どうして動こうとしないの。ねぇ、いつもの勘ちゃんなら、もっと元気にさ、

言いたかったたくさんの言葉は、結局、飲み込むことになった。

はたりと、新しい涙が、三郎の持つ剣に落ちる。

はたりと、現実が、部屋に落ちる。

「もう、駄目だ」
「は……」
「雷蔵は殺される」

どういう、こと?













勘ちゃんが示したのは、部屋にあったひとつの魔法道具だった。

雷蔵は今、処刑場にいるらしい。あと少しも、猶予はない。
残り少なかった猶予は、私がサルートに侵入したという情報で、今日の陽がおちるまでとなった。

この魔法道具のスイッチを押せば、エリコちゃんがこの部屋にいることが向こうに知れる。
そうすれば、雷蔵の処刑は取り消される。
そう、勘ちゃんは言った。

そして、私が、捕まる。

「……なるほどね」
「俺じゃだめなんだ、それ。ハッタリで雷蔵助けて、なんとかして脱出も考えたんだけど、俺じゃ反応しないんだ」

つまり、私の魔力にだけ反応するようになっているのだろうか。

……気色悪い。個人の魔力に特色があるのは当然のことだけど、それを利用した魔法道具なんて、初めて見た。

まずは、私と三郎が転がり込んできた壁を確認する。こちら側からは空かないようになっているらしい。
他に部屋の出入口はない。
なんのためにつくられた部屋なのかわからないけれど、壁は白く、清潔感がある。日没を確認するためか、ハメ殺しの窓はひとつだけあった。

私と三郎は、ここに誘い込まれたのか。いや、私だけだ。

「三郎、方角はわかってる?」

窓ガラスに手をあてようとしたら、柔らかく空気に押し返された。魔法障壁だ。ここを割って脱出しないように、だろう。

三郎も私の横に立って、外を眺める。

「私をなんだと思っている」

自信げな声に安心する。大丈夫、この男は今、私の味方だ。

「日没まであといくらある」
「……ま、1時間もないだろうな」
「それだけあれば充分。……勘ちゃん」

振り返り、魔法道具の横でうつむく勘ちゃんの肩に手を置いた。

「言ったでしょう、私達は、助けに来たの。雷蔵も助けて、3人で、一緒に脱出しよう」

さぁ、作戦会議だ。