ここが璧内中心部ですと、乱太郎くんに案内される頃には日もだいぶ傾いていた。 彼らの家を出たのはまだ朝、ほの明るい光に、冷えきった空気が温められていくような時間帯だというのに。
ここまでは問題なくやってきたわけだ。三郎がしょっちゅう寄り道したりしたことを除けば。 まぁ、私だって、丁度いいからと三郎を探さずに買い物したりしていた。備品の買い足しや、装備品の新調なんかだ。
三郎は時折ふらりと、私や乱太郎くんが気を取られている隙に姿を消した。 気づいて慌てる乱太郎くんを宥め、あまり先には進まずに私が買い物してるうちに、またふらりと戻ってくる。
何をしているのか、私は聞かなかった。あまり深入りするつもりもないからだ。
そして最後に三郎がいなくなり、私はアイテムを買い足し、三郎が戻ってきたとき、初めて三郎は情報を我々にもたらした。
「てっきり薬室の方にいるかと思えば、第二王子の居室の方らしいぞ」 「……え?」 「お前の探し物だ」
これも買っておけ、なんて小型の魔法道具を勝手に店主に渡す。ちょ、おま、それ私の財布だぞ。 私の探し物。つまり、勘ちゃんと雷蔵のことだ。
「調査委員はオロゴスタではあまり好かれていないからな、薬室長の伝手で城に出入りしていると聞いたんだが……」
それって、まさか、伊作のこと、かしら。 それから三郎は、乱太郎の頭をくしゃりと撫でる。
「ありがとうな、乱太郎。もう城は見えている。危ないからここまででいいぞ」 「でも……」 「私達は強い。誰を傷つけることもなく、仲間を救い出してみせるさ」
乱太郎に語りかける表情は優しい。相変わらず、雷蔵の顔で腹が立つけど。 だいたい、私達って、なによ。仲間って、なによ。
あなたの仲間じゃないでしょう。あなた、私の仲間じゃないでしょう。
幼い乱太郎くんを安心させるための言葉とわかっていても、モヤモヤとするものだ。ただ、それを今ここであらわすほど、私も子供じゃない。プライドだってある。
「乱太郎くん、本当にありがとう」 「いえ。……どうか、その、お気を付けて」 「うん」 「怪我なんてしたら、承知しませんからね!!」
お、おお。最後の一言だけ妙な迫力があった。
「で、どっから入れるわけ?」 「いきなり態度が悪くなったな!」
当たり前だ。こっちは不機嫌なのだ。 そもそも、道中ふらふらといなくなることを咎めなかったのは、私にとって有用な行動だと思ったから。もし私にとって意味の無い行動だったのなら、ただじゃすまない。
「いいから、はやく」 「チッ……」 「今舌打ちした?」 「正面から行ったところでどうにもならない。裏口へまわるぞ」 「ねぇ今舌打ちした?」
三郎に引きずられるように、綺麗に整えられた道を歩く。右手にそびえる城をまわりこむように。 城の周りはさすがに道路も舗装されているし、お洒落というか、大きな建物が多く、道行くご婦人や紳士らもやたらと小綺麗な格好をしている。初めて会った時の勘ちゃんを思い出した。 建物が総じて大きいのは、貴族の住まいだからだろう。予想だけど。
ここであまり目立っても仕方がないので、私達は少し前に着替えていた。といっても、コートを買い替えてボタンを上まで留めただけだけど。 上着を変えるだけでも、なかなか溶け込むことはできるものだ。ついでに私はつばの広い帽子を被り、顔を隠すように俯いている。三郎は雷蔵の顔をやめ、どこの誰ともしれない美丈夫となっていた。堂々と伸びた背筋と顔に、上品なコートがよく似合っている。
「まるでお貴族様ね」
私の腕を支えてゆったりと歩く三郎に、小声で言ってやる。 見知らぬ男の顔でちらりとこちらを見やる、その目線は、しかし三郎そのものだ。
「お前もなかなか、貴族然としているじゃないか。血筋か?」 「はぁ?なんの話?」 「血筋は関係なさそうだな」
昨日出会った瞬間からかわらない、見下すような目線に、ふと、違う色が混ざった。ような、気がした。
なにか、心配でもしているかのような。
私は、腕に添えられた三郎の手をぐっと握り込んだ。
「……もう何度目かわからないけど、もう一度聞くね。私のこと、知ってるの?」 「……知らないわけが、」 「じゃあ、教えて」
勘ちゃんと雷蔵を助け出してからでいい。時間に余裕のあるときでいい。
私のことを知っているなら。そんな不思議な目で、私を見るくらいなら。
「お前……エリコ、知らないのか」
三郎の声が、驚きを孕む。私はただ、前を見据えて歩き続けた。
私のことなんて、私が1番知りたいんだ。
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