「最近、王政府の第一王子が床に伏せったらしい」 「ん?王子?」 「お前、自分の命が大切なら王政府の動きくらい把握しておけ」
さりげなく零された一言に、眉根を寄せる。 なんだか、引っかかる言い方だ。
「……王政府なんて関係ないもの」
三郎はちらりとこちらを見ただけで、話を進めた。
「それに伴って状況が変化している。お前にもわかりやすく言ってやると、権力者が変わってきているんだ」 「……なんだか、腹が立つね、あんたに」 「どうも。数年前にオロゴスタの壁が完成していたこともあって、第二王子はこっちに島流し状態だったわけだが、今や王政府に対する発言力はこっちが上だ」
立花なんかの調査委員会は誰が王になろうが関係ないだろうが、オロゴスタ近辺にいることが増えたな。
三郎の説明でなんとなく政情は読めてきたけれど、それがなんだと言うのだろう。
「まぁ、そんなわけでサルートとオロゴスタの擬似的な敵対関係が出来ている。赤毛の男は確実に連れ戻されるな」 「あー、勘ちゃん、そっかぁ」
勘ちゃん、サルートの貴族だったっけ。 じゃあ、雷蔵はどうなるんだろう。中在家さんは確かに、サルート王政府と癒着の噂はあるけれど。
「……が、あいつらはサルートの関係者というより、お前の関係者って色が強いからな」
三郎は世界地図から指を離し、椅子の背もたれに身を預けた。
「どういうこと?」 「どうもこうも。お前をおびき出すエサにされるんだろ」
しかもお前は、
「こうしてのこのこやってきた」
……カチンときた。
「なに、その言い方。私が来ない方があの2人にとって良かったってこと?」 「伏木蔵!昨日の晩に、なにか騒がしいことはなかったか」
私が聞いているのに、三郎は伏木蔵くんに声をかける。 彼はおっとりと顔を上げて、首を傾げた。
「お2人のお話に関係することですと、確かに赤毛と茶髪がひとりずつ、昨日の晩に来ましたねぇ。そのうち処刑されるそうですよぉ。すっごいスリルー」
穏やかな声に、心がすっと冷える。そのうち、処刑される。
「ほらな?処刑と聞けばお前、そういう顔をするだろう」
三郎はやけに冷静な顔で、振り返ってきた。
「本当に、そうなるの?」
伊作は、サルートに戻されるだろうって言っていたのに。
「問題なのは、実際どうなるのかじゃないだろう。お前がこうしてオロゴスタに来たことだ」 「でも、」
私は言いかけて、三郎の顔をまじまじと見た。
こいつ、まさか。
「あなた私のこと、知っているの?」
私は立花さんが、そこまで必死になるような人間ではないはずだ。
三郎はふんと鼻を鳴らす。
「私にとってお前は監視対象だと言ったろう。知らないわけがない」 「……は、ちょっと待ってよ」 「今夜はもう寝るぞ、明日の朝作戦を話す。頼むから、ひとりで勝手に動いたりするなよ」
三郎はそれきり立ち上がって、伏木蔵の頭を軽く撫でた。地図を丸めて荷物に戻し、使った食器を流しへ持っていく。
時折冷たい目をする男だ。私を監視対象と言った。 私や勘ちゃんたちと同年代に見えるけど、サルートやオロゴスタの王政府とは関係ない組織の人。 目的も見えないけど、私に政情を説明してくれたのは、私にとっては意味あることだ。 それに、伏木蔵くんを撫でる手つきは、まるで。
「明日の朝になったら、説明してくれるんでしょうね」
仕方がないので私も食器を片付け、荷物をまとめる。 三郎は顎をあげた。
「おや、……てっきりまたきゃんきゃん喚くかと思えば」 「あんた本当に腹立つ」 「お前に死なれると困るのもこっちだからな、しかも、説得したところで奴らの救出をやめるつもりはなさそうだ」
三郎が手を差し出す。私はそれをじっと見つめて、そして、手の甲で叩いた。
「協力してくれるんだとしても、もっと言い方を考えて」 「お前、男にモテないだろう」 「殺すわよ」
どうやら、やたらと腹の立つ男が、仲間になったようです。
私が起きた時には、三郎は身支度を済ませていた。伏木蔵くんの横に、同じような子供が何人かいる。
「初めまして、私は猪名寺乱太郎です」
ひどく分厚い眼鏡をかけた少年が、礼儀正しく頭を下げる。それにきちんと、私も頭を下げた。
「平太はここで伏木蔵と待っててね。エリコさん、あなたのことはきり丸と土井先生からも頼まれていますから、私がご案内します」 「初めまして、乱太郎くん、平太くん」
なんだかずいぶんと、頼もしい案内人が来てくれたようだ。
「手配したのは私だぞ、感謝しろ」
耳元で囁かれるのが鬱陶しい。 なんだかずいぶんと、面倒くさい同行人もいるようだ。
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