オロゴスタと思われる都市の壁を、ゆっくりと回り込む。こうしていても、やはりモンスターには出会わない。
そろそろ日も傾いてくるし、入口を見つけ出したいところだ。いかにモンスターに出会わないとはいえ、ひとりで野宿は避けたい。
急がないと、おそらくサルートと同じく入口は夜になると閉まってしまうだろう。 もし、ここがサルートと同じシステムの都市だとすれば。 考えるだけで胸のうちに苦いものが広がる。身分証がなければ、中には入れないはずだ。 で、あれば北側、日の当たらない部分にあるだろうスラムを探して、壁内からのゴミ排出のタイミングを待つしかないのかもしれない。
伊作と留さんから盗んだ地図は、ハチさんがヒッポタウンから貸してくれていた地図とは少し違った。 大陸の形は一緒なのだけど、ここ、オロゴスタの位置に大きな円が描かれている。これが、壁だ。 サルートと、同じくらいのサイズだ。元々サルートに住んでいたはずの伊作がオロゴスタに明るいところからも、関連性はあると思っていいだろう。
とにかく、急がないと。考えていても、何も始まらない。
そう思い、足を早めた頃やっと、人の声が聞こえてきた。 強烈な既視感。 サルートの、大門だ。これは、場所が違うだけで、サルートそのものだ。 海沿いであることを示す潮風に、髪が靡く。太陽はもう、沈みかけだ。早くしないと、赤い月の時間になる。
「……さて、試してみるしかないかな」
身分証なんてないし、むしろ指名手配されている可能性が高いけど。 申し訳程度にマントのフードを被る。門兵程度に、私の顔立ちまで知れ渡っていることはないだろう。 旅の者を装って、泊めてくれと頼もう。身分証はない。駄目と言われたら、北へまわってスラムを探そう。
意を決して歩き出す。その瞬間、背後に唐突に気配が降り立った。
「おい」 「!?」
ぐっと、後ろから二の腕あたりを掴まれる。
その声は、森で眠らせて置いてきたはずのものだった。
「と、め、さん……伊作、は」 「喋るな、怪しまれる」
留さんは険しい表情で、私の腕を強く押し出す。 驚きのあまり止まっていた足は勝手に動いて、それでも視線はまじまじと背後を振り返ってしまう。
よく覚えていないけど、こんな服を着ていたかしら……?スリープボトルの効果はそんなに長くないけれど、今ここで私に追いつけるとは思わなかった。それに、伊作の護衛なんじゃなかったの? 伊作はもうすでに安全な場所にいるのかしら。
「こっちを見るな、下を向いていろ」
低い命令口調は小声で、腕を掴む手にはさらに力が込められる。やだぁ、あとで痣になってそう……。
「……どういうつもり」 「喋るな」
いや、なんというか、これだけがっつり掴まっていたら逃げようがないんですが。
伊作は私をオロゴスタへ行かせるつもりはないようだった。オロゴスタの大門で私を見つけ出したとして、留さんが私を内部へ連れていくのはどういうことだ。
門兵がこちらを向いて、訝しげな顔をする。
「何者だ」 「視察へ出ていた」
留さんはさっくり答える。視察?伊作の護衛は?
「……何者だと聞いた」
門兵2人は腰の剣に手を添えて、再び問う。留さんは首をあげて、松明の光に表情をさらけ出した。
「お務めご苦労。すまんな、身分証はモンスターとやりあったときに落としてしまって」
……留さんは、もう少し砕けた喋り方をする人だと思ったけどなぁ。
彼の顔を見て、門兵2人はハッとしたように頭を下げた。 彼はそれを当たり前のように、私を掴んだまま進む。
「失礼致しました!!」 「いい、俺も悪かった」 「お、おそれながら、その女は!」
その言葉に、留さんが振り返る。
「……機密事項だ」 「はっ!失礼致しました!」
留さんはちらりと私の顔を見てから、また足早に歩き出す。
しばらく壁内部の町並みを早足に進み、路地裏に入ったところで私は彼の腕を振り払った。 振り返った彼の顔は、不機嫌が滲み出している。私はそれに負けるつもりもなく、強く睨みあげた。
「あなた、誰」 「……さすがに、本物に会ったばかりじゃ騙せないか」
ため息混じりにそう言う彼の全身をまじまじと眺めて、やっぱりと思う。留さんはもう少し、背が高かったはずだ。
こんなに顔がそっくり同じで、声も似ているのに。でも、別人だ。
「なんのつもりなの」 「立花に追われてるくせして、堂々と正面から行くとはな。お前を見張ってるこっちの身にもなれ」
見張る? でも言い方として、立花さんの手下、……友達?ではなさそう。 私の疑問が顔に出ていたのか、彼はやれやれと首を振った。
「安心しろ、私はサルートやオロゴスタの政府機関とは無関係の組織の者だ」 「……それは、変装?」 「当然だろう」
彼はそこでくるりと、一回転。 現れた顔に、私は息を飲んだ。
「らい、ぞう」 「……ふうん。ライゾーってのか、この顔。こいつを探しているんだろう」
いつの間にか、背中に弓と矢筒も背負っていた。左手には、弓を扱う者特有の防具も、しっくりと馴染んでいる。
「悪趣味ね、あんた」
わざわざ雷蔵に変装してみせたところを指摘する。こっちが緊張と焦りで大変なところに、いい神経だ。
男は、得意げに笑ってみせた。
「褒め言葉だな。それと私のことは、あんたじゃなくて三郎と呼べ」
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