数年ぶりに、伊作という名の男の腕の中で眠る。 留さんは護衛らしく、あまり眠らなかったようだ。
自分にとって、勘ちゃんにとって敵なのか味方なのかわからない相手。 なのに、やっぱり伊作の側は不思議と安心して眠れた。
サルート王政府の、人間なのに。
「起きたのか」 「……うん」
伊作の腕から、もぞりと身を起こす。留さんはチラリとこちらを見やってから、立ち上がった。
「伊作はもう少し寝かせておけ」 「護衛がつくほどの身分だったなんてね」
留さんはヨシノリ、伊作の護衛だという話だった。 薬室所属の医術師といっていたけれど、……護衛までつくだなんて。あの頃は、ひとりでふらふらとスラムに降りてきていたのに。
「お前、これからどうするんだ」 「あなた達はどうして私を勘ちゃん達から離したの?」 「……伊作いわく、だな。今お前が仙蔵に捕まってはまずいらしい」
でも、そんなの、勘ちゃん達だって同じことだ。
「……そう」
だからごめんね、助けに行かなきゃ。
伊作が眠っている今がチャンスだ。まったく、くうくうと健やかに寝息たてやがって。
「なんか頭ぼーっとしてるから、顔、洗ってくる。そしたら、これからのことを考えるわ」 「おう」
手荷物から乾いたタオルを引っ張り出す。ついでに、武器もさりげなく装備した。 水の音は遠からず近からず。モンスターの襲撃に備えて武器を持っていっても、違和感はないだろう。
タオルに包んだスリープボトルを強く握る。きり丸くん、君は本当にいい品物を売ってくれる。
パリパリと、小枝を踏む音が響く。まぁ、森の中だから、仕方ない。 ある程度水の音に近づいてから、振り返る。大丈夫、留さんはついてきていない。
ここで、勘ちゃんとか、それこそ七松さんあたりなら、格好よく木の上にでも登れるんだろうなぁ。 そういえば私は彼ら2人に上から攫われたけど、やはり木の上にいたのは留さんだったのだろうか。
爪先立ち、足音を小さくするように、そっと来た道を戻る。 足音は、だんだん小さくなっていくように。遠ざかる足音に、聞こえるように。
目視でギリギリ留さんの背中が確認できるようになった瞬間、私は勢いよくスリープボトルを放り投げた。
「っは!?」
さすがに気づかれたか。 投げたスリープボトルにナイフを向けて、炎の球をぶつける。冷たい液体が入ったガラスの瓶は、衝撃と熱であっけなく空中で割れた。 さらに、もともと揮発性の液体であるところへ、二三発炎をぶつける。空気に内容物が充満するのに、時間はかからない。
息をとめたまま、留さんにナイフで襲いかかる。とっさに呼吸をとめるくらいのこと、きっとこの人でもしているだろう。
無言の攻防戦だった。身体が動かなくなって、呼吸をした方が負けだ。
きっと留さんは、伊作の言いつけを従順に守っていた。だから、相手を傷つけることに躊躇いのない、私の方が有利だった。
剣を抜かないまま、足を払われてバランスを崩し、地面に叩きつけられる。 私はハッキリ言って、強くない。勘ちゃんに稽古をつけてもらって護身ナイフの扱いはかなり上達したけれど、そもそもが対モンスター戦法だ。 スラムのチンピラ相手に不意打ちは効くかもしれないけど、訓練を積んだ軍人相手に有効なわけがない。
だから最初に、スリープボトルを割ったのだ。こうなることはわかっていて、そして、待っていた。
酸素が足りなくなってきて、霞む視界の中、右手を背中に向ける。 グサリと、ナイフが柔らかいものを刺した。
うめき声とともに、背中の重みが脇へ落ちる。 私は素早く立ち上がって、現場を離脱。
少し走ってスリープボトルの範囲を抜けてから振り返る。私が刺したのは留さんの太ももあたりだったようだ。
「クッソ……!」
傷を押さえて憎々しげにこちらを見る留さんの目が、ゆっくり閉じていく。
その程度の傷なら、致命傷にはなり得ない。不意をついて呼吸させることが目的だった。
「ごめんね、留さん、……ヨシノリ。少し、眠っていて」
さぁ、勘ちゃんと雷蔵を、助けに行こう。
その後2人の荷物から抜き出した地図と、自分のコンパスを使って1日歩き続け、たどり着いた場所は。
「……まるで、サルートだ」
オロゴスタと思われる都市は、壁の都市だった。
サルートの他にも、壁があったなんて。信じられない。 あと、ここまでひとりでたどり着いたことも、信じられない。 何故か私の行く道には、モンスターが出没しなかったのだ。オロゴスタ周辺はモンスターがいないのか。 いや、伊作達にさらわれるまで、つまり勘ちゃんや七松さんといたときは森の中で何度もモンスターと遭遇していた。それがいきなり、1匹も出会わないなんて、おかしい。
また、私に何か罠が張られているのかな。……一応、注意はしておこう。
とにかく、この壁の都市にどうやって入り込むのか。それが問題だ。
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