とにかく、勘ちゃんと落ち合いたい。ハチさんのことがあった直後だ、きっと彼らは私を心配している。
七松さんだって、……本当のところがどうなのか、私にはわからないままだけど。
ヨシノリと、伊作がそう名乗って交流を深めたのはもう随分と前の話だ。育ちが良さそうな顔して、スラムに不慣れで、ヨシノリというのもどうせ偽名だろうなと思ってはいたが。
伊作と、そして留さん。何者なのかわからないけれど、いくら偽名だったとしても、この人の優しい気性は知っている。
「勘ちゃんや雷蔵や、……七松さんのこと、知ってるの」
この人が今ここで私を害することはない。 だから私は、まず自分の仲間を優先したい。
「おう、小平太は知ってるぜ。サルートでの馴染みだしな」
留さんとやらが、軽く言う。 私は目を眇めて、伊作を見た。
サルートでの、馴染み。
勘ちゃんは、七松さんがハチさんを突き落としたとそう言った。
じゃあ、ヒョウゴタウンにいた金吾くんや四郎兵衛くんは? 七松さんに付き従う滝夜叉丸くんは?
「……七松さんは、立花さんの、手先なの?」 「手先っつーか、まぁ、友達だな」
金吾くんと仲のいいきり丸くんは?保護者の土井さんは?
どこからどこまでが?
「エリコ、あまり深く考えないで」
伊作がまたしても私の手を握る。 そっと手を引き抜いた。だから、なぜ私の手をいちいち握ってくるのか。
「……七松さんはどこからどこまで、何をしたのか、説明して」
本当に今、皆が立花さんに捕まっているのだとしたら。
「小平太は、仙蔵の指示で君たちをこの森へ誘導した。ヒョウゴタウンから船に同乗してきたのもそのためだよ」 「立花さんの指示で……じゃあ、ハチさんは」
留さんと、伊作が二人そろって首を傾げる。
「ハチさん?誰だそいつ」 「僕は聞いてないな……乱太郎から又聞きだし……情報漏れかな」
この人たちはハチさんの存在すら知らないみたい。 これ以上は聞き出せないかな……。
勘ちゃん達とどうしても合流したいわけではない。 でも、彼らはもう私にとって仲間だ。勘ちゃんなんて、2度も一緒に牢屋に入った仲だ。
助けなきゃ。
「雷蔵と勘ちゃんはどこへ連れていかれるの」 「オロゴスタだと思うよ。それからサルートに戻されるはず」
留さんが自分の荷物を探って、薄手の毛布を私の肩にかけてくれる。無意識に二の腕あたりをさすっていたことに、その時気づいた。
「……あなた達は何者なの」
立花さんや七松さんと、友達。
私にとって、なんなの。世界にとって、あなた達は何者なの。
伊作は柔らかく笑って、私の手をとった。
「サルート王政府、薬室所属の医術師だよ。今まで黙っていてごめん」
留さんは僕の護衛ね、と言いながらのほほんと笑う伊作に思う。
なんてめげない男だろう……。手は、やはりそっと引き抜いておきました。
なんにせよ今から行動するのは危険だということで、森の中で野宿は決定事項だった。
「ヨシノリ、また来たの?暇人ね」 「エリコにそう言われちゃうと、どうしようもないなぁ」
失礼な人。私が暇人だって、言いたいのかしら。
スラムは、サルートのごみ溜だ。定期的にごっそりと捨てられる粗大ゴミを、自ら組み立てて住処を作って生きていく。
「手伝わせてほしくって」 「……好きにすれば」
彼は柔らかく笑って、また、私の作業を手伝っていく。
その手が木材と金槌を手に、口には釘を数本くわえて。
なんて、似合わないことをする人かしら。そんなことをしては、ほら、また不運が。
「エリコのお店が出来たら、僕が1番最初の客になりたいな」 「まだそんなことを言っているの?きっとヨシノリのこと、開店の日は不運で間に合わないよ」 「ひどいなぁ」
私の店が徐々に完成に近づく中、足しげく通って手伝う彼は知らない。
「あれは恋人か?」 「あなたには関係ないでしょう、立花さん」 「自分の素性は言っていないのか」 「……そんなの、私が知りたいくらいよ」
男は薄く笑って、また今日も、私の生命を確認していく。 王政府にとって、私がなんだというのか。
「ずいぶんと、大工の真似事が上手くなったね」 「教えてくれる人がいるんだ」 「へぇ。ヨシノリのお友達の話なんて、初めて聞く」
彼は寂しげに、強い笑顔を見せた。
「大切な人なんだ。僕が助けてあげないと」
あまりにも悲しく、眩しい笑顔が印象的だった。
「えーと、……助けてもらうの間違いじゃなくて?不運大魔王さん」 「まぁ、いっつも助けてもらってるんだけどね。……僕がいないとだめな人なんだ」
最後の夜、彼はやはり寂しく強い、不思議な笑顔を見せた。
「力になってあげたい人がいる」 「あなたの、大工の先生ね。……もうしばらく、スラムに来れないの?」 「ごめん、エリコ」
いいのよ。
ただ、これだけは、言わない。
「絶対に、言わないから」 「うん、僕も。でも……」
できることなら、
「待っていて、エリコ」
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