七松さんの肯定の言葉と、それはほぼ同時に起こった。

視界の端で、エリコちゃんが悲鳴をあげることもなく、静かに倒れ込んでいく。
七松さんの言葉にショックを受けたのか。慌てて助け起こそうと俺が立ち上がるより、それは早かった。

エリコちゃんが、消えた。

「エリコちゃん!」
「エリコ!?」

俺が駆け寄るのと同時、七松さんも動く。雷蔵はすぐに武器を取って辺りを警戒したようだった。

「これも七松さんがやったことですか」

ハチさんだけでなく、エリコちゃんまで。

七松さんがなんの目的で俺達についてきて、なんの目的でハチさんを海に突き落としたのか、俺は知らない。興味もない。

ただただ、腹の底で溶けるように燃える怒りがある。

「いや、私にはこんなことはできない」

七松さんは先ほどまでエリコちゃんがいた場所にしゃがみ込んで地面を触り、そして、上を見上げた。

「上から攫ったな。……仙蔵の仕業か?」

七松さんがやったことかもしれない。違うかもしれない。どっちでもいいけど、ハチさんを殺したのはこの人なんだ。

そのまま七松さんを攻撃する姿勢をとっていた俺は、最後の一言にピタリと動きをとめた。

「……なんだって?」

仙蔵、だって?それは、サルートの調査委員の、立花のことだろうか。

「残念だが、私でもないぞ。ただまぁ小平太、よくやった。エリコは私が探しておこう」

雷蔵が息を呑む。俺とは別の方向を向いていたはずなのに、……そうか、調査委員に囲まれたのか。

「エリコは本当に仙蔵じゃないのか?私はちゃんと見張っていたぞ!」
「どうせあいつらだ。すぐ見つけ出す」

なんで、七松さんが、こいつらと、仲が良さそうに。












「エリコ!」

呼ばれる声に、意識が浮上する。

目を開ける前に、記憶を手繰り寄せて、状況を判断して。

「ぅ、わっ!」

目を開けると同時、腰から抜いたナイフを目の前の男の喉元に突きつける。

男は、懐かしい顔で、驚いていた。

「……あんたか、ヨシノリ」
「うん、久しぶり。えーっと、留さんも、武器おろしてあげてよ。エリコ、落ち着いて」

私が目の前の男にナイフを突きつけるや、ヨシノリとは反対側の男が、私の喉元に剣を突きつけていた。

優しい気性のこの人らしく、双方をおさめようと手を振る。
私はナイフを動かすことなく、視線を留さんと呼ばれた男へ向ける。
男も私を見ていた。

膠着。

「こら!」

そこへ、ヨシノリがポカリともう1人の頭を殴る。

「エリコは女の子なんだから、武器を向けるなんてとんでもない」
「……おう」

剣をひかれたので、私も仕方なくナイフをひいた。

身を起こして、周囲を確認する。まだ森の中で、日はとっぷりと暮れていた。2人の持ち物だろうか、魔法道具の簡易照明が柔らかい。……だいぶ、お金を持っていることがわかる。

私達3人の他には、誰もいなかった。

「ちょっとヨシノリ、久しぶりの挨拶にしてはやり方が乱暴すぎるんじゃないの。私の仲間は?」
「おい伊作、ヨシノリってなんだ。そもそもどうしてこの女のことを知っていた?」
「は?」
「わー!わー!待って!今説明するから!」

ヨシノリが両手を振って私と留さん?とやらを押してくる。
会ったのめっちゃ久々なんだけど、相変わらず動きが女子っぽいなぁ。

「エリコ、まず、こっちは留さん。で、留さん、僕サルートにいた頃はよくスラムに降りていたろう。そのとき、エリコと知り合ったんだ」

そこまで言って、私にきちんと向き直る。

「ごめんね、ヨシノリっていうのは偽名なんだ」
「……そりゃ、そうだろうと思っていたけど」
「僕の名前は、伊作。善法寺伊作」

ヨシノリ、改め伊作が私の手をとる。

「乱暴に攫うようなことをして、本当にごめん。でも、君だけは雑渡さんから守りたかったんだ」

……何を言い出しているのかさっぱりだ。ザットさんって、まさか、サルート王政府の雑渡昆奈門のことを言っているのか?私最近あの人に狙われてないんだけど?

でもまぁ、とりあえず。

「あ、うんー。勘ちゃんたちが心配するから、まずは連絡したいんだけど」

伊作に握られた手は、そっと引き抜いておきましょう。いつまで手を握ってるつもりなんだこの男。

「無理だよ、今頃仙蔵に捕まってる」

伊作は苦く笑う。

無意識に、顔が歪んだ。

「名前だけじゃなくて、あんた、随分と私に嘘ついてたみたいね?仙蔵って、どういうこと。あなたと立花さんが知り合いだなんて初耳」
「アー」

それに、今頃立花さんに捕まってるってどういうこと?全然わからない。

全然わからないよ、伊作。あなたは、誰なの。