やだー、七松さん、やっぱ人間じゃない。
船を降りてすぐ、港町で買い換えたナイフが上手く手に馴染まず、私はおたおたしているのだけど。 勘ちゃんも雷蔵も武器を買い換えたばかりなのに、よく戦えるわほんと……。 勘ちゃんは片手剣の扱いにだいぶ慣れてきて、トリッキーな動きでモンスターを翻弄するようにまでなっている。雷蔵は相変わらずの打撃力だ。
そして、そんな中、七松さんは明らかに人外だ。
正直、この人を世界中に野放しにしておくだけで、モンスターは絶滅するような気もするよ。
いけいけドンドーン!の叫び声1発で、モンスターが3匹は死ぬ。サルートのあたりとは違う種類のモンスターは私にはやたらとレベルが高く、厳しく感じるのだけど……。
モンスターがでるまでは雷蔵の背におぶわれて、揺れながらこっそり自分の手のひらに回復魔法をかけておく。 新しいナイフでできたマメが潰れて、非常に痛い。
オロゴスタというのは、七松さんによると海沿いの都市らしい。 なのだけど、今は何故か森の中を北上している。なんでだろう。陸を伝っていくほうが楽だ!と七松さんに言われたけれど、森の中ってかなり体力使うよ……。 そういえばハチさんが言ってた、モンスターの研究してる都市がオロゴスタなのかな。……ハチさん。
ハチさんのことは、もはや禁句に近かった。雷蔵も勘ちゃんも、少し、無理に明るく振舞っているようなところがある。 きっとそれは私もそうだろう。今自然体なのは、七松さんだけだ。 そりゃあ、七松さんはハチさんのこと、よく知らないから。
でもそんなこと言ったら、私達だってハチさんのこと、そんなに知ってるわけじゃないのよね。
「よし、ここらで休むか!」
突然七松さんが立ち止まるので、勘ちゃんも雷蔵も、雷蔵の背中の私もとまる。 雷蔵の背中にしがみついていたので、腕がちょっとしびれたな。
「休むんですか?だいぶ日も暮れてきたし、」 「おう、ここに泊まるぞ」 「と、……はい」
勘ちゃんも、七松さんには逆らわない。
うー、森の中で野宿か……。きついな。しかしここら辺に詳しいらしい七松さんの言うことだ、きっとこれが最善の道なんだろう。
「じゃあ、木の枝でも集めてきます」 「あー雷蔵、これ持ってって!飲めそうな水あったらお願いね」
反省して、港町で水の魔石は買ったのだけど、扱いが難しいのでまだうまく使えない。皆の飲み水作り出すために、あたり1面水浸しにするわけにはいかないからね。 雷蔵にヤカンを持たせる。勘ちゃんも私と雷蔵の武器を手繰り寄せ、どっかり座り込んだ。手入れをしてくれるのだろう。
さて、私は先ほど七松さんが倒した小型モンスターを捌いて、ご飯を作りましょうかね。
早めの夕食を摂ったあと、焚き火のまわりに思い思いに座り込んで、私達は無言だった。
使った調理器具や食器は綺麗に洗って、すでに荷物にまとめてある。焚き火を消すにはまだ早いし、妙な西日が眩しくて、寝ようにも眠れる気がしない。
不思議な時間帯だ。サルートのスラムには、壁が邪魔してこの夕日が届かない。
逢魔ヶ刻、大禍時。危険な時間帯。
「……七松さん、聞きたいことがあるんですが」
勘ちゃんが、やたらと静かな声をだした。少しびっくりして、勘ちゃんを見る。
雷蔵も勘ちゃんを見ていた。勘ちゃんは俯きがちに、静かに言葉を綴る。
「なんだ?言ってみろ」 「船で、」
1度言葉を切って、それでも言いかけたものを飲み込むわけにはいかず、無理やり吐き出すように。
「ハチさんを突き落としたの、七松さんですよね」
時が、とまった気がした。 雷蔵が立ち上がる。私は手の震えを押さえるように握り込んだ。
「……勘ちゃん、それ、どういうこと」
記憶を探る。 確か、そう、確か。私が船から落ちて、間一髪でハチさんが私の手を掴んでくれて。 引っ張り上げられて、甲板に転がり込んで、……そう、それまで遠くにあったはずの七松さんの声が、やたらと近くに聞こえて。
そしてハチさんは、いなくなっていた。
「それを私に聞いてどうする」 「七松さん!?」
雷蔵だけでなく、私も立ち上がっていた。立ってどうしようというわけではなく、思わず。
勘ちゃんは座ったまま、焚き火の向こうの七松さんへ、静かに繰り返す。
「答えてください。ハチさんを突き落としたの、七松さんですよね」
不思議な温度だ。冷たいわけでも、暖かいわけでもない、不思議な言葉。
あぁ、勘ちゃん。君はそろそろ、自分の力を自覚するべきだよ。
七松さんが、ゆっくり口を開く。
「そうだ」
その言葉を聞く寸前、私は首裏に感じた衝撃に、意識を飛ばして倒れ込んだ。
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