どうして、水の魔石を買っておかなかったんだろう。

「氷と土……炎……なんとか……」

ブツブツと呟きながら、甲板を歩き回る。歩き回ることに、特に意味は無い。
ただ、何かしていないと、気持ちが落ち着かなかった。

「……あ、きり丸くん!水か風の魔石持ってない!?今すぐ売ってほしいの!」

船室から姿を見せた幼い商売人に、飛びつく。今はとにかく、なんでもいいから手段がほしい。

勘ちゃんに頼まれた船員が何人も、腰に縄をつけて海へ飛び込んでいく。それを、もうずっと繰り返していた。
ハチさんは、まだ見つからない。

「すみません、魔石は重いから全部金吾のとこに……」
「……そっか」

今しがた海から引き上げられた船員に回復魔法をかけながら、私はきり丸くんに笑顔を向けた。

笑顔に、なってるといいけど。

「お前も休め、エリコ」

これだけ周囲に人がいるのに、偽名も使わないなんて七松さんらしい。

「休めません」

だって、ハチさんは。私たちが巻き込んだのだ。

ヒッポタウンでは世話になった。彼の手助けのおかげで、ヒョウゴタウンまでは調査委員に遭遇することもモンスターと戦うこともなく、安全だった。
そして彼は、自らの用を済ませてまたヒッポタウンに帰るはずだったのだ。

私たちが、私と勘ちゃんが巻き込んだ。
最後だって、私を助けて落ちたんだ。

「お前も、もう魔力が限界だろう」
「いいえ、まだ」

私の手元で、海からあがってきた船員が意識を取り戻す。その身体に、勘ちゃんがすがりついた。

「頼む、お願いだ、もう一度潜って探してくれ」
「…………ビヒン、さん、もうその人は休ませるべきだよ」

ビヒンって、気が抜ける偽名だな……。もっとかっこいい偽名考えてほしかった。カン……カンゴロウ……とか……。

立ち上がろうとした身体がぐらつく。

「おい、」
「ダメだよ」

ダメだよ、勘ちゃん。
私の身体を支えた七松さんが、そのまま私を押さえ込む動きになる。

ダメだ、勘ちゃんをとめないと。

「お願いします、あいつを見つけだしてくれ」
「ダメだって!」

勘ちゃんに頼み込まれた船員が、ふらつきながらまた甲板の縁に手をかける。

私よりも先に、七松さんが動いた。

「こいつを止めるのが、お前の今の願いだな?」
「え、……あ、はい」

勘ちゃんの言葉に逆らえる人間は、いない。

というか、勘ちゃんの言葉には、何故か誰もが従ってしまう。
今、確信を得た。前からずっと気になっていたことだけど、だってこの船員は、きっと意識もなかった。

私が旅に出ると決めた時も、雷蔵をこの旅に巻き込んだときも、そうだ。

「……あのね、誰かを助けるために、誰かを死なせちゃいけないよ」

もうこの船の船員もだいぶ減ってしまった。きっと誰もが哀しみを抱えているのに、勘ちゃんの不思議な力で、ハチさんのために新たな死人をだしちゃいけない。

「少し、休もう」

ね、勘ちゃん。
七松さんの腕の中で、意識もないだろう船員がもがく。

勘ちゃん。勘ちゃんの一言が、今どうしても必要なんだよ。

「……うん、そうする。お前も、悪かった」

今にも海に飛び込もうとしていた船員が、七松さんの腕の中にぐったりと沈みこんだ。

やっぱり。
やっぱり、勘ちゃんの言葉には不思議な力があるんだ。












そこから先は、順調だった。サルートのある大陸とは違う土地で、きり丸くんと土井さんと別れる。

「……じゃー、またどっかで会ったらよろしくお願いしますよ!」
「気をつけるんだぞ」

土井さんが最後にとんとんと私の頭を叩き、きり丸くんを追って去っていく。

今のメンバーは勘ちゃん、雷蔵、そして私だ。
ハチさんは見つからないまま。彼が泳げないことはヒョウゴタウンの上部で確認済みだ。

希望も、もてない。

「さて、私達も行くか!」
「……あれ、七松さんはおひとりで行かれるのでは?」

あえて目をそらし続けていた危険人物を、さすがに無視しきれないので見やる。
七松さんはきょとりと首をかしげた。

「お前ら、モンスターについて調べたいんだろー?連れてってやる」
「え?」
「オロゴスタ。いい都市だぞ!」

えええええ。
まだ七松さんと行動しなきゃいけないの?ハチさんもいないのに?
無理だよ!

「ちょっと待ってくださいよ、そんな」

言いかけた勘ちゃんを、雷蔵が制した。

「その、オロゴスタってところに行けば、なにかわかるんですね?」
「おう!」

雷蔵が勘ちゃんを振り返り、そして私を見る。

「行こう、そこに。連れて行ってもらおう」

雷蔵がハッキリと選択するのは珍しい。
私は勘ちゃんを見た。ハチさんを失ったダメージから、1番立ち直れていないのが勘ちゃんだから。

「……じゃ、七松さん!オロゴスタまで、よろしくお願いします!」

音がしそうなほどの勢いをつけて、七松さんに頭を下げる。
雷蔵と私は、多分、同じこと考えてるなぁ、これ。

「お願いします!」

勘ちゃんの両脇から、私達も頭を下げる。
がしりと、頭上から力がくわわった。七松さんの手だ。

「おう!いけいけドンドンで突き進むぞ!」

あ、七松さんのペースで行くのは勘弁してください。