空を飛ぶ、怪鳥達に必死に魔法を飛ばし続ける。 船員たちは刀を抜いて戦っているが、突然背後から襲いかかる怪鳥にはなす術もない。
またひとり、逃げ遅れた乗客が、捕まってしまった。
助けられない。そう判断して、戦っている人間に目を凝らす。 あ、七松さんだ。なんか、強い。あれはほっといていいだろう。
「っ勘ちゃん後ろ!」
目に入ってきた光景に、思わず、偽名を呼ぶことができなかった。
勘ちゃんの背後へ炎の珠を飛ばしながら、怪鳥を3匹ほどナイフで切り刻む。 なんとか到達したときには、勘ちゃんはしっかりとモンスターに止めをさしていた。
「無事!?」 「うん!ありがとー!」
エリコちゃんがいて助かったよ、なんて。 右手に剣、左手に万力鎖とやらを構えて、朗らかに笑う頬にはどす黒い血が飛んでいる。
この色なら、勘ちゃんの血じゃない。
「船酔いのお兄さんは!?」
ハチさんの偽名、なんだっけな。聞いておくのを忘れた気がする。
「さっき見かけたよ、大丈夫、元気そうだった」 「それはよかった。無理そうなら、船倉にぶち込もうかと」 「彼、男だからね」
頭上の影に、勢いよくしゃがみこむ。勘ちゃんを信じて、遠く、七松さんに飛び込む怪鳥に魔法を飛ばした瞬間、びちゃりと頭に血液が降ってきた。
勘ちゃんが、私を狙ったモンスターの死体を振り落とす。 殺してくれたのはありがたいけど、なにも私の真上でやらなくても……。
「ごめん、汚れちゃったね。エリコちゃんも早く船室に」 「大丈夫、戦えるよ」
こんなに汚してくれなくても、逃げる時は逃げます。勘ちゃん、失礼すぎるよ。
「とにかく、3人で行動したい。彼を探そう」 「そうだね。まぁ、あの人はっ」
ハチさんを探しつつ、目に入る無双は無視しようと心に念じる。
「多分、殺しても死なない」 「……わかる」
七松さんだもの。だって、七松さんだもの。
甲板でなにやら鎖をぶんまわすハチさんと合流し、3人でなんとか戦うこと、しばらく。
ていうか、この人も鎖かよ。勘ちゃんのとはちょっと違う。なんだっけ、微塵とか言ってたかな……これが、それですか。
刃渡りの短いナイフでは、空を飛ぶモンスターと戦うには圧倒的不利だ。 リーチの長い武器を振り回す2人に守られるように、そして、守られるだけで終わらないように、必死に魔法で戦っていく。
「エリコ、結構体力あるのな」 「っ、なにが!?」 「魔法、そんだけ打ったら疲れるだろ」
ハチさんが顔だけで振り返り、感心したように言う。
「これでも結構、疲れてる、よ」
モンスターは空からどんどん来襲するし、戦える人間はどんどん減っていく。 私達は甲板の縁に、追い詰められていた。私の背後はもう、海だ。
正直、今から船室に戻るのは不可能に近い。視界に入るのはモンスターばかりで、遠くから七松さんの元気な声が聞こえるだけ。
船室は、土井さんがいるから無事だと思いたいけれど……。
「でも、」
ハチさんがなにか言いかけたときだった。
足元が、揺れる。波の揺れとは違う、縦に、まるで下からなにかに突き上げられたかのように。
「エリコ!」 「エリコちゃん!?」
ナイフを取り落とす。
身体が宙を舞っていくのがわかる。悲鳴じみた2人の声に、ごめんねこれは不可抗力、と心で応えた。
私は泳げない。水に対する絶対的恐怖があるからだ。 モンスター発生から約50年、世界各地を旅行する人も減っているし、サルートには湖が圧倒的に少ない。珍しいことでもないだろう。
魔法を放ち続けて、久々に、少し疲れた。身体はほとんど疲れていないのに、魔力の消耗を感じる状況が気持ち悪い。 海に落ちたらどうなるだろう。ナイフは甲板に置いてきてしまった、バングルには今、回復とおまじないの魔石しか嵌めていない。 土の魔石と入れ替えておけば、よかった。
「……だから、ヨシノリ、だってば」 「今引き上げるからな」
間一髪、ハチさんの手が力強く、私の手を捉えていたようだ。 その後ろで、勘ちゃんが私たちを守るように武器をふるっている。
「船、まだ揺れてる?」 「いや、さっきのだけだ。早くこっちに、左手も」
ハチさんは力持ちだなぁ。焦ったような表情に汗が光って、眩しい。
引き上げられるがままに、縁を掴んで足もかける。よし、あとちょっと。
「大丈夫だった!?」 「大丈夫、勘ちゃんありがとう!」
無理させてごめんね。 勘ちゃんがこちらを振り向いて、私は甲板に身体を転がり落として、そして、ハチさんは私の肩に手をかけて、
「ハチさ、」
七松さんの声がひときわ近くに聞こえて、
ハチさんがいなくなっていた。
「……ハチさん!?」
ぱちゃり、と、何かが水面に落ちる音が聞こえる。
「エリコは無事か!」 「七松さん、いや、私じゃなくて、ハチさんが!」
勘ちゃんと2人、海を見下ろす。 荒れた波はすでに、彼を飲み込んでいた。
信じられない。私を助けたあと、ハチさんが落ちた? どんな流れで?
「……モンスターが引いていくな」
七松さんが甲板を振り返って言う。
そんなのどうでもいい。だってハチさんが、どこにもいない。
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