四郎兵衛くんは私に挨拶したかったわけではなく、どうやら呼びに来てくれたらしい。
「おはまさんが、お呼びです!」 「お、……あー、勘ちゃんか」
そんなわけで、また階下の店へ降りてきたってわけ。
「エリコちゃん、作戦会議!」 「その前に、シャワーでも浴びたい気分」
途端にきり丸くんが目を輝かせて手を差し出してくるものを、背後からやはり、土井さんがポカリ。
「今金吾と滝夜叉丸が風呂を炊いてくれてますよ。もちろん、タダでお貸しします」 「タダって、……土井先生、タダってー」 「え、あぁ、ありがとうございます」
怪しい小物が並ぶ店内よりさらに奥へと勘ちゃんに引っ張られて行けば、大きなテーブルの前に、七松さんが鎮座してらっしゃった。
「私はここを目指したい!」 「……俺は生きて街に帰れればもうなんでも」 「僕もいつかは中在家先輩の元へ帰らないとなぁ」 「俺は!世界の不思議を!求めてんの!」
何がなにやら。言いたい放題とはこのことだな。
ため息をついて、私はテーブルの上、地図の周りに置いてあったものをちょこまかと片付ける。 それから、きり丸くんを手招き。
「ノンアルコールで、なにか飲み物をお願いできないかな」
もちろん、小銭は握らせる。少し多めなのは、お使いのお駄賃だ。
ウキウキと飛び出していくきり丸くんを見送ってから振り返ると、4人の目は私へ向いていた。
「え。……なんですか」
思わず敬語になるってもんですよ。
勘ちゃんが肩をすくめる。腕を組んで発言したのは、七松さんだ。
「エリコ、お前の目的はなんだ」
目的。 勘ちゃんに流されるようにサルートを出て、王政府の目を掻い潜るように、いや掻い潜れてないけど、ともかく逃げてきた。
目的、かぁ。勘ちゃんほど真面目に、世界の異変に興味があるわけでもない。もちろん、王政府に捕まらないことは第一条件だけど、また立花さんに捉えられたところで、スラムで生活できなくなるだけだ。 またなにか実験対象にされなければ、だけど。
気になるのは、勘ちゃんのことだ。この旅を始めてそんなに経っていない、まだ、単なる懸念でしかないのだけれど。
「勘ちゃんに、ついてくよ」
まだ、確信ではないけれど。
私がなんの迷いもなく、旅に賛成したことが一番の問題なのだ。
ハチさんが短く口笛を吹く。雷蔵も驚いたような顔で私を見てきた。
「まぁ、そうだよね、だって」
七松さんも無表情だし、勘ちゃんだけが妙にゴキゲンだ。
「エリコちゃんは俺に惚れてるもんね」 「あ、そういうんじゃないんで」 「あれ!?」
そういうんじゃないんで。
ヒョウゴタウンに到着してすぐ牢屋へ入ったわけで、そこからの脱出劇もあり、全員疲れていてお話にならなかったので、今夜は解散。 女性だからねと、そう言って一番風呂を譲っていただいた。
とにかく明日、この街を出発して、海へでる。違う大陸へ渡ると土井さんから聞いた。 そういった船しか手配できなかったんだそうな。
まぁ、それは仕方ない。なにはともあれ明日以降、船旅の中で今後のことを考えていくしかないだろう。
ベッドの中でもぞりと寝返りを打つ。 ひとり部屋というのが久々で、どうにも落ち着かない。遥か彼方から、おそらくは七松さんのいびきが響いてくるのもなんとも言えぬ……。
深い眠りに就くことを、身体が拒絶しているのかもしれない。 ここのところ、浅い眠りばかり続いていたから。
温かい飲み物か、あるいは、あまり良くないことだけどアルコールでも摂取してみよう。 そんな気持ちで私は部屋を出た。
この建物、何階建てなんだろう。階段の位置も複雑で、なんだかまるで、敵の奇襲に備えるような……。不思議な建物だ。 まず1階に降りて、先ほど形ばかりの作戦会議をした奥の部屋に行ってみよう。 誰かしら、起きているかもしれないし。滝夜叉丸くんあたりがいると、ありがたいんだけどな。常識人だから。
「あれ、エリコちゃん?」 「……まぁ、及第点かな」 「なんの話?」
常識人かどうかって意味だよ、撲殺担当の吟遊詩人さん。
「寝付けないんだよね。雷蔵は?」 「僕も、……いや、こいつの手入れ」
雷蔵は自らの武器を掲げた。どうやら、弦を張り替えているらしい。この店か、きり丸くんから買ったのかな。 結局、琵琶かリュートか、どちらなんだろう。
「なにか、飲み物探してこようか」 「あぁ、ううん、自分で探すよ」
すぐに立ち上がった雷蔵を制す。作業の途中で別の行動をさせるのは悪い。
「そこの奥がキッチンみたいだよ」 「明日お金払うんでいいかな」 「いいんじゃない?どちらにしろ、金吾も四郎兵衛も寝ちゃってるだろうし」
善意で泊めてくれたとはいえ、金吾くんと四郎兵衛くんにきちんと宿泊費は払うつもりだ。もちろん、飲み食いさせてもらったものの代金も。
アイボリーの乳と、いい香りの粉末を見つけたので小鍋で温めてみる。なんの乳だかわからないけれど、おそらく牛乳ではないなぁ。 沸騰させないようにマグカップに移して戻ると、雷蔵は最後の1本を張り終えたところだった。
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