びっくり仰天したのは金吾くんと滝夜叉丸くんだ。

「か、勘弁してくださいよ!立花さんに完全に目つけられてるし、ヒョウゴタウンの下部の人達をこのままほっとくつもりですか!」
「今のこの街の情勢を調査すると言ったじゃあないですか!まさか、まさか、私達だけでやれと仰るのですか!」
「うん」

食ってかかるふたりをものともせず、七松さんは両手をそれぞれの肩にトンとのせる。

「大丈夫だ、お前達ならやれる!」
「……そ、そんな……」

おいおいおいちょっと待てよ。なんだこれ。

まさか、私達も今後しばらく七松氏と一緒にいなきゃいけないの?命ひとつで足りるかな。
ハチさんなんて、そのたったひとつの命を使い切りかけてるんだけど。













失意の底の金吾くん達に案内された路地裏の小さな店に、きり丸くんはいた。

「あっエリコさーん!」
「やぁやぁどうも、久しぶりだね」

きり丸くんにはサルートのスラムを出る際に、我々の情報を売られたり、苦い思い出もある。
ただヒッポタウンで三治郎くんとやり取りしたり、今こうして金吾くん達に世話になったりといったことが全部、きり丸くんのおかげなのも事実だ。

それに、きり丸くん自身が、あっけらかんと接してくれるから。

「申し訳ないんすけどー、雷蔵先輩らを陸に逃がしてあげることはできないっす」
「大丈夫だよ、勘ちゃんやエリコを助け出せただけでも御の字だ」

それからそれから、ときり丸くんはまだ青い顔のハチさんへなにやら差し出す。

「これ、三治郎からの手紙っす!」
「えっ」
「迎えに来るって俺は聞きましたよ」

ハチさんが受け取ろうとした瞬間、きり丸くんは手紙をサッと引いた。
私達が首をかしげる中、雷蔵だけは苦い顔だ。

「預かってた分のお駄賃いただかないとー、渡せませんねッイダッ」
「こら、きり丸!」

きり丸くんの背後からポカリと頭を叩き、その手にあった手紙を素早く取り上げてハチさんへ渡してくれたこの人が、きり丸くんの保護者とやら、なのだろうか。

なんか……気配しなかったし……これが本物のNINJA……か……!?
忽然と現れたぞ……!

「一平と孫次郎から、もう駄賃はとっただろう」
「あいつらが届けに来たんですか!?」
「あぁ。ヒッポグリフというのは便利な生き物だな」

なるほど、足が早いわけだ。……ヒッポグリフが届けに来たわけでは、ないよね?人の名前だよね?
ヒッポグリフに乗って届けに来たってだけだよね。うん。そう思っておこ。

「君も立花に完全に目をつけられているよ。陸地からの脱出は危険だ」

大人がいると場が引き締まるなぁ……。
見た目で言えば七松さんだって充分大人なのだけど、店に入った瞬間に滝夜叉丸くんを連れて地下へ降りてしまったし……滝夜叉丸くんの長く尾を引く悲鳴を聞いた限り、七松さんがまともな大人には思えなくて。

というか。

ハチさんは陸地からの脱出が危険で?でも三治郎くんが迎えに?来る?

「……えっじゃあ俺も海へ?三治郎は迎えに来るって」

手紙から顔をあげて、ハチさんが複雑な顔をする。
NINJAさんの横に並んだ幼い顔がふたつ、元気に頷いた。

「ヒッポグリフを迎えに来るんです」
「それまで僕が、責任をもって世話します」

なるほど、ハチさんも私と同行組か。七松さんの相手は頼めるな。















とにかく今夜はゆっくり休みなさい。この店は安全だから。
そう微笑む土井さんに従って、小綺麗な部屋で一息つく。
勘ちゃん達と違う部屋ってのも、久しぶりだ。ヒッポタウン以来かなぁ。

勘ちゃんと旅を始めると決めて、中在家さんに捕まって。
雷蔵を巻き添えにして、平原を野宿しながら突き進んでいたら、調査委員会に追われて。
ヒッポタウンからはハチさんも仲間に、安全な旅路かと思えば、ヒョウゴタウンでこれだ。

まだ、30日も経っていないのにねぇ。随分と濃ゆい旅だなぁ。

まだまだ、この世界とモンスターの関係は見えてこない。ヒッポタウンまで徒歩で進んでいたのはそんなに遠い記憶ではないはずなのに、最近モンスターに遭遇していない気がする。

いやまぁ、七松さんはモンスターみたいなものだけど。

コンコンと軽いノックに顔を上げると、少しだけ空いたドアからおっとりした幼顔が覗いていた。

「……やぁ、どうぞ。ここの子かな」
「はい。時友四郎兵衛といいますー」

四郎兵衛くん。……愛らしい子だぁ。ふくふくとしていて、抱きしめたくなる。

「ここのお店の持ち主は金吾の保護者なんですけど、今剣術修行に出られてしまっているので、僕と金吾で守っているんです」
「な、……るほどね」

こんな幼い子供2人で?
私の困惑を見て取ったのか、四郎兵衛くんはほわわんと笑顔を作った。

「滝夜叉丸先輩や七松先輩もたまに来てくださるし、僕も金吾も強いから大丈夫なんです」
「そっかー」

私は窓際を離れ、四郎兵衛くんに近寄った。しゃがみこんで目を合わせて、ぎゅうと抱きしめる。

きり丸くんは、おそらく孤児だろう。サルートのスラムに、親のいる子供は少ないから。
ほかの子はわからない。けれど、少なくともこの店の金吾くんや四郎兵衛くんは。

わかるよ。モンスターが出現してから、安全なのはサルートの壁の中、限られた狭い世界だけだったもんね。