そしてハチさんは七松さんへ連れていかれた。犠牲になったのだ。

南無。

「ハチさん、泳げたのかな」
「さぁ……」

人を避けるように大きな通りを横切りつつ、雷蔵と小声で話す。

「泳げるわけなくない?」
「そこはほら……七松さんなんじゃない?」

やべぇよ。ほんの一瞬顔を合わせただけの雷蔵ですら、強烈に「七松さん」を認識している。

七松、やべぇよ。

「ハチさん……無事かな……」
「七松さんが背負って泳いでそう」
「人間じゃねぇ」
「滝夜叉丸に聞いたけど、まだ幼い後輩だったら背負って泳いだことあるらしいよ」
「え」

えっ?

人間じゃないな……。

「それはともかくとして、今ここで何が起こっているの?」

サルートのスラム街に似たような雰囲気の、ヒョウゴタウン下部。
なんだかワサワサと騒がしいというか、荷物をまとめて走っている人や、ひどく泣きわめく子供を無理やり引っ張っている疲れた母親なんかが目立つ。

常時この状態なのだとは、とても思えない。というか、捕まって連行されているときはもっと静かに寂れた街だった。
それに、今ここは大変なことになっている、みたいなことをさっき雷蔵も言ってたし。

「モンスターの襲撃?」
「……なら、まだいいんだけど」

雷蔵が言葉を濁す。

「どうも、動きが怪しいんだ、この街の上層部」
「あ、水軍さんのお頭とやら?」
「うん。その人の指示であちこち動いているはずなのに、ここ数日、それが狂ってるんだって」

雷蔵も私や勘ちゃんが捕まっている間、何もしていなかったわけではないだろう。
きり丸くん達を見つけて、その繋がりで金吾くん?や滝夜叉丸くんと出会った話、それから、彼が街で調べてくれた情報なんかを聞く。

階段、登りながら。

「……なるほどねぇ。どうでもいいけどこの階段、結構やばいね」
「うん、……やばいね」

話を聞きながら、半分は登ってきただろうか。
幸いなことに足元がぐらつくようなことはないので、軽快に登ってはいるが、まず、空がない。
暗いのだ。見上げても、遥か彼方に点のような光がちらりと見えるだけ。
ほとんど手探りに登っている状態だった。
環境に変化がなさすぎて、だんだん、もう3日は足を動かしているように思えてくる。

体感時間は3日くらい。実際には、……2時間とかなのかな。

「変化がないと、きつい」

雷蔵がいるから、まだ、登っていることが自覚できる。これをひとりで登っていたのなら、途中から登っているのか下っているのかあやしいところだ。

「それで、立花さんは?」
「僕は見てないけど、いるらしいよ」
「うーん」

七松さんいわく。

「この街のボスが立花さんって話もあるんだけどさぁ」
「そんな、まさか。あの人はサルート王政府の人間でしょ」

だよね、サルートの人にしたら違和感ありすぎだよね。
おそらく、勘ちゃんあたりはサルートの壁外にも人がいることにすら驚いてるレベルだ。
私ですら、街や集落があることに驚いている。どうやって生活しているのか気になるけれど、人間は、強い。

「でも、壁の外で暮らしてる人たちがいることを王政府が知ってて隠してたのは、もう事実だよ」
「うーん」

あ、やばい。雷蔵が迷う予感がする。

「サルートの人間は、世間知らずだ」

勘ちゃんも私も雷蔵も、ヒッポタウンに入る時には相当びくついた。
今のところ知り合った人間がハチさんと七松さんなので、本当に外の人が皆人間なのかひどくあやしいところだ。
ふたりとも、なんかおかしいしね。

上の方が随分と明るくなってきた。何時間登ってきたのだろう。

「上部に出てからの道はわかってるの?」
「いや、まぁ、なんとかなるでしょ」
「雷蔵、大雑把だなー」

まぁとにかく、行ってみるしかないですね。













「やっほ、勘ちゃん生きてる?」
「死んでる」

私たちの目の前には、水死体のごとくな勘ちゃんと、そして、水死体のハチさん。

……え、ハチさん本当に死んでる?

「合流できてよかったな!」

我々の目の前にハチさんを投げ捨てた七松さんは、水も滴るいい男って感じだ。

「……回復かけてみますね、ハチさんに」

とりあえず脈を確認して、ナイフに嵌めこんだ回復の魔石を想う。大丈夫、死んでなければなんとかなるよ。

私と雷蔵が到着した時、やたら薄汚れた勘ちゃんは地面にぶっ倒れていた。その横に、何故か綺麗なままの滝夜叉丸くんと、幼い少年。きり丸くんくらいの歳かな?これが金吾くんで間違いなさそうだ。

声をかけようとした瞬間、これまた何故か上から降ってきた七松さんが、勘ちゃんの横にハチさんの死体……おっと、身体を投げ捨てたって感じ。

「全員お揃いでしょうか」

緊張したような高い声に、全員がそちらを振り返る。私も左手をナイフに、右手をハチさんにかけたまま金吾くんを振り返った。

「尾浜さん達には、きり丸と一緒に行ける船を手配しています。七松先輩は、滝夜叉丸先輩とここの処理をお願いしたいです」

金吾くんは硬い表情のまま、一生懸命たどたどしい。

か、

かわいい……。かわいいよ。でもそうか。すごい。私たちの今後まで手配してくれたなんて。

そこで七松さんが、すっくと立ち上がった。

「いや、私も海へ出よう」

……なんだって?