「七松さんはどうしてここへ?」 「わからん!捕まった!」 「えーと、出身はどちらなんです?」 「わからん!物心ついた時から旅をしている!」 「……今後のご予定は?」 「わからん!なるようになる!」
マジでヤバイ人だ、これ。
七松さん、マジでヤバイ人だ。
「細かいことは気にするな!なはは!」
豪快に笑ってくれるけど、我々3人の心は重くなる一方だ。 とりあえず、何を聞いてもわからん!と言われるので、イエスノーで答えられる質問に切り替えてみる。
「ここに来て捕まる前、私たちの仲間に会いませんでした?1人行方不明なんです」 「えっとー、茶髪でふわふわしてる奴で、琵琶しょってるんですけど!」
勘ちゃんとふたりで尋ねるも、七松さんはこてんと首をかしげるだけだ。ガタイのいい男がやってるのに、なぜか可愛いぞ。
「そんなやつはたくさんいたから、どれがお前らの仲間かわからん」 「たくさん!?琵琶が!?」
吟遊詩人どんだけいるんだよ。おかしいだろ。
よし、雷蔵捜索は諦めだ。質問を変えよう。
「サルートへは行ったことあります?」 「壁の街か?もちろんあるぞ」 「私はそこから来たんですよー」 「そうなのか!」
あっはっはー……。駄目だ会話続かない。 そこでふと、ハチさんが会話に入ってきた。
「調査委員?とか呼ばれてる身なりのいい連中って」 「え、立花さん?」
私が返せば、ハチさんはそれこそ驚いたようにこちらを見た。
「エリコも知ってんのか?」 「まぁ、それなりには」
因縁があるといいますか、古い仲といいますか。 七松さんは嬉しそうに頷いた。
「私も仙蔵とは長いこと上手くやってきたはずなんだがなー、なんだか怒らせたようだ」
マジかよ。 立花さんが絡んでいたのか……これは……脱獄待ったなしルートですね。
「調査委員もここへ?」 「俺は見たぞ」
ハチさんが険しい表情で言う。 何を追ってこんなところまで来たんだろう……。わからないけれど、少なくとも私たちに友好的な態度を示してくれるとは思い難い。
「……もしかして、ここのオカシラってあの立花なんじゃないの?」 「まさか」 「そうだ!」
勘ちゃんの言葉に対して、私の否定と七松さんの肯定が重なる。
いや、そんな、まさか。
……マジなの? それって、結構、やばくない?
考えたいことがあると、そう言って私は黙り込んだ。勘ちゃんは人懐っこいし、物怖じしないから、七松さんと楽しくお喋りでもしてくれるだろう。……小さい子かよ。……小さい子だわ。
立花さんが、ヒョウゴタウンを仕切っているボスであるわけがない。ありえない。 しかし、七松さんはそうだと言う。
いろんな可能性がでてきたなぁ。
「ひとつ。立花さんの副業」
これは、薄い線だ。正直。だって、サルートの調査委員といったら激務で有名だし。有名かどうかはわからんけど。 そんなに暇な仕事とは、思えない。
「ふたつ。代替わり」
一つ目よりは現実味がある。 私たちを追うためだけに、なんらかの手段で、水軍さん方のお頭とやらに成り上がった。もともといたお頭さんがどうなったのか、……立花さんが無駄な殺生をするとは考えにくいけど、私だってあの人をよく知るわけではないから。
「みっつ。サルート王政府と契約」
ヒョウゴタウンの水軍が、サルート王政府となんらかのやり取りをしていたとしたら。
立花さんがとる手段として私に考えられるもののうち、これが一番穏便で犠牲がなく、私たちを捕らえられる。
七松さんが何故捕まったのか、何故ハチさんが巻き添え食っているのか、そして雷蔵が今どこにいるのか、まったくわからないけれど。
今私にできるのは、考えることだけだ。 先ほどハチさんと二人で脱獄の方法も話し合ったけれど、力ではどうしようもないことがわかった。 外部からの協力者でもいれば、話は別なんだけど。
「ご飯の時間ですよーっと」
かつりかつりと近づく足音、軽快な声に、顔を上げる。 水軍の制服を着てはいるが、まだ若い男の子が、押してきたカートからトレーを4枚差し入れてくれた。
「ねー、いつまで俺らここにいなきゃなんないの?」
すかさず勘ちゃんが檻に寄って声をかける。
「さぁ」
若い男の子は含みのある笑顔で、さらりと交わした。
「教えてよ」
勘ちゃんの声がふいに、不思議な温度を持つ。
冷たいわけでも、あたたかいわけでもない。不思議な温度だ。
「……すみません、俺にもわかんないんです」
違和感。なんだろう、なにかモヤモヤとする。
「それから、これ。そこの人に」 「七松さん?」 「はい」
小声で渡されたのは、小さいメモのようだった。黙って立ち上がった七松さんが、そのメモを受け取る。
「じゃ、食べ終わった頃にまた来ますんでー。トレーは檻の外に出しといてくださいね」
今の時刻もわからないけれど、とにかくお腹は空いている。 男の子が去るのを待って、私はハチさんと顔を見合わせた。
「疑問」 「おう」 「毒殺される可能性」
そこへ、がしりと頭に力が加わる。
「ない!」 「いたたたたたたた痛い痛いです七松さん!」
そりゃ、立花さんが絡んでいるのなら、私が殺される可能性は低いだろう。とにかく、私に死なれると困るはずだから。 ご飯のトレーは無造作に、4つ同じものが置かれている。ロシアンルーレット、……な、わけがないね。
よし、食べよう。
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