わかりやすく説明すると、馬上ならぬヒッポグリフ上は、ひどく、揺れた。
「慣れるまでは喋ると舌噛むから気をつけろよ」 「さすがにそこまで運動音痴じゃないよ、雷蔵の背中でもあだっ」
あと、ハチさんは出発の合図をくれないので、乗ったら即走り出すってことも学んだ。
舌、痛い。
ヒッポグリフの旅はそれでもかなり快適だった。 沼地は進むだけでも足をとられるし、霧がでることが多いから視界も悪く、体力も気力も奪われる。 地図を見ただけじゃわからなかったけれど、この沼地はかなり広かった。ここを歩いて通過することになっていたらと思うとゾッとする。
「エリコ腹減ったろー。休憩にするか」
ひんやりとした霧にハチさんの声が浸透していく。 私達の乗るヒッポグリフは、沼地の途中でも足場が安定していて、2本の大きな木があるその真ん中にいる。 すぐにヒッポグリフから抱っこで降ろされている間に、背後から別のヒッポグリフの鳴き声。
「すごいね、僕が何もしなくてもこの子方向がわかるんだ」 「ヒッポグリフは群れで生活するからな、アンコを追ってきたんだ」 「あんこ」 「あんこ」
あんこ。 ハチさんが爽やかに笑う。
「かわいい名前だろ。雷蔵たちのヒッポグリフはキナコ」 「きな粉」 「きな粉」
あんこと、きな粉。
餅、食べたくなってくるな……。
「そこの草から外へ足をつけると泥の中のモンスターにやられるから気をつけろよー」 「はい!?」
なにそれこわい。じり、とハチさんへにじり寄る。
「エリコちゃん、これ荷物」
ハチさんの腕にしがみついたあたりで、背中から引っ張られる。 見上げれば、逆さまに勘ちゃんのお顔。
「戦わなかったから、暇で暇で」 「勘ちゃんはその戦闘狂っぽいとこ直した方がいいと思う」
正直言って、こわいし、きもい。
なにはともあれ、人生初の乗馬ならぬ乗ヒッポに私はだいぶ疲弊していた。たずなをとったのは私じゃないのに。 ハチさんにしたがって、軽食をとる。
「どこらへんかな、ここ」
雷蔵はご飯片手に、ハチさんから預からせてもらった地図を広げた。 勘ちゃんがおもむろに立ち上がって、荷物から取り出したお椀を、私に差し出してくる。
「なに、そのお椀。今日スープないよ?」 「そうじゃなくて、水。耆著使うから」 「きしゃく」
キシャク。なんだそれは。お椀を受け取ってぼんやりしていると、雷蔵が軽く笑って、小さな石を取り出した。涙型、というか……船の形なのかな?これ。
「磁力を持った石なんだ。勘ちゃんも耆著知ってたんだね」
これを水に浮かべると、北を指すんだよ。雷蔵が柔らかく解説してくれる。
なるほど、それで私に、魔法で水をだせと。……私は水脈じゃないんだぞ。 しかも、水魔法の魔石は手持ちがない。さすがの私も、魔石なしで水を生み出すのは難しい。
仕方がないなぁ。
「おほー、沼地は磁場が狂ってるから意味ないぞ」 「えー!それマジ?」 「あはは、じゃあヒッポグリフに任せるしかないんだね」
3人の会話を背に、私は荷物を探る。いつだって手放したことなどない、大切な宝物のひとつ。
「これなら、どうかな」
コンパス、というらしい。他では見かけたこともない、丸くて上部が透明なそれ。 底の部分は少し分厚くなっているのだけど、おそらく、上部に見られる針は、耆著とやらと原理は同じはずだ。
「……あんまり針が振れないんだね」
覗き込んだ雷蔵が、ややあってからそう言う。 衝撃でふるふるといったりきたりしていた針は、ゆっくりと1点に落ち着いた。
「なにそれ。合ってんの?」 「コンパスっていうの。便利道具」 「……合ってるぜ、それ」
ハチさんが、急に静かな声をだした。な、なんだ、元気な人が突然大人しいとちょっとこわい。
「コンパス、か。エリコ、それどこで手に入れた?」 「うーん、育ててくれた人の形見、みたいな」 「そうか」
ハチさんはそれだけ言って黙り込む。 勘ちゃんが元気よく両手をだしてきたので、コンパスを乗せてやった。
「すごい、北はこっちかー。俺達ちゃんと正しく進んでるんだね。でもなんでエリコちゃんのコンパス?だと方角が正しくわかるんだろう」 「よく知らないんだけど、魔法道具でもあるみたいよ、それ」
聞いた話では、この世にふたつとない魔石が底の部分にあるとかなんとか。本当かどうかわからないし、言うつもりもないけど。
「こう進んできて、……こうか」
この沼地では磁場が狂うから、普通の磁石では方角がわからない。それを調整する程度の魔法道具くらい、あるんじゃないかな。 私は魔法の研究なんてしてないから、なんともいえないけれど。
食事も終わり、一服する間もなくすぐにまたヒッポグリフにまたがる。なんてったって、ここ、不気味だし、寒いから。 あんまり長居はしたくないよね。
「次の街は、ヒョウゴタウンつって、港町なんだけど」 「うんうん」 「うまくいけば、日が暮れる前には中継地点の村につけると思う。野宿はしんどいだろ」
中継地点の、村。
楽しみです。
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