シンドバッドへ必要な資料を届けに廊下を足早に歩いていたところ、曲がり角から現れたアリババに、無意識のうちに歩調を緩めた。
「アリババくん」
「ジャーファルさん!」
先に気付いたジャーファルが彼の名前を呼べば、アリババはパッと笑顔を浮かべてジャーファルの名を呼んだ。
「あ…仕事中でしたか…?」
ジャーファルの両手に抱えられている巻物を見て、申し訳なさそうな表情をしたアリババに微笑みかける。
おそらく、仕事の邪魔をしたのだと思っているのだろう。
「ええ、でもこの資料を届けるだけなので」
大丈夫ですよ、そう付け足して言えばホッとしたように表情を緩める。
「アリババくんは…」
修行終わりですか?と言おうとしてジャーファルは言葉を止めた。
わずかに首を傾げて、ジッとアリババを見る。
「?、ジャーファルさん?」
「え?あ…いえ、何か甘い匂いがしたものですから」
「ああ」
ジャーファルの行動を不思議に思い名前を呼べば、返ってきた言葉。それにアリババは、思い出したような表情。
「師匠との修行が終わった後、ピスティさんに会って¨チョコレート¨ってお菓子を貰ったんです」
初めて食べたんですけど、甘くて美味しくて!とキラキラと目を輝かせて言ってくるものだから、思わずジャーファルは顔を綻ばす。
「ふふ、それは良かったですね」
「!、あ…」
笑みを浮かべるジャーファルに、子供じみた自分の言動を省みてアリババは顔を赤くする。
「…すみません、仕事してる時にこんな話を…」
「そんなことはありませんよ、アリババくんとこうして話せるだけで、癒されますので」
サラッと言われる何気ない一言。
それにいつも翻弄されるのはアリババ。大人の余裕がそうさせているのか…と思ってしまう。
「ジャ、ジャーファルさんは食べたことありますか?」
誤魔化すように、言葉を紡げば緩く首を横に振る。
「残念ながら、ないですねぇ」
と、答えつつ、ふと浮かんだのはちょっとした悪戯心。
珍しいお菓子みたいなんで、今度見つけたら…と話すアリババに、仕掛ける。
「……あ、アリババくん」
「はい!」
「髪に…ゴミが付いてますよ」
「え?」
目線を金糸の髪に移して、さも今し方気付いた風な口調で。本当ですか?と言いながら、アリババは片手で髪を梳く。
ジャーファルの言葉に、疑うという選択肢は彼の中でない様子。
信用されていると、嬉しい半面、素直すぎて不安が半分。
「…取りましょうか?」
「え、いいんですか?」
「そっちの方が早いでしょう」
「じゃあ…お願いします」
巻物持ちますねー、そう言ってジャーファルの両手に抱えられた巻物を受け取る。
「………」
これで、アリババの両手は塞がり、逆にジャーファルの両手は自由になる。
「じっとしてて下さいね」
「はい」
淡く微笑みを浮かべて言えば、素直に大人しくするアリババ。
そんな…無垢な彼にジャーファルは右手を伸ばし、耳の上を指で梳き、後頭部へと手を回した。
「?、ジャーファルさ…!?」
グイッと引き寄せた顔。
逆らうことなく、アリババの唇はジャーファルのそれと重なった。
驚きで目を見開くアリババに、目元だけで笑んでみせれば途端に頬に熱が集中。
抵抗しようにも、両手には巻物。
「…っふ、ぁ」
唇を舌で撫でれば反射で薄く開き、その隙間に滑り込ませてアリババの口内を味わう。
ほのかに甘く、それがチョコの名残だと認識するのは容易。
舌を絡ませればさらにその甘さは増し、零れる吐息も熱を帯びる。
「っ…はあ!」
「ふふ、ご馳走さまでした」
「じゃ、じゃーふぁる、さん!」
口付けを止めれば、顔を真っ赤にして少し舌っ足らずに名前を呼ばれた。
「なんでしょう?」
「な、なんでしょう?じゃなくて」
うー、と小さく唸るアリババの頭に手を乗せて、撫でる。
「アリババくんだけ、ズルいじゃないですか」
「だ、だからって…!」
「嫌…でしたか?」
「!!、そ、それこそ…ジャーファルさんの方がズルいですよ」
嫌な訳がない。
分かっていてしてくる質問に、アリババは気持ち頬を膨らませて恨めしげにジャーファルを見た。
そんなアリババが可愛くて仕方ないジャーファルは、彼が弱い笑みを浮かべて、問い掛ける。
「もう1回、いいですか?」
(資料、届けなくていいんですか?)
(急ぎではないので大丈夫ですよ)
Sweet Valentine