- ナノ -




とある新月の晩のことだった。
僕はふと夜中に目が覚めて(といってもゴーストタイプの僕は夜中の方が相性がいいのだが)、ボールから飛び出した。
こっそり家を出て、夜のミアレシティを闊歩してみようか、なんて思った時だった。
ベッドからマスターの呻き声が聞こえたのは。

僕ははっとして、慌ててマスターに近寄ると、マスターは、顔を汗でぐっしょり濡らして、かわいそうなぐらいうんうん唸っていた。

マスターは、たまにこうして悪夢を見る。

悪夢の内容について僕らに教えてくれたことはないのだけど、マスターは辛い経験をたくさんしてきているらしいから、それを思い出させる夢なのだろう。かわいそうなマスター。

僕は、手の代わりの触手で、マスターの頬をぽふぽふ叩いてやる。すると、
「う…ん、」
マスターがうっすら目を開け、やがて目を覚ました。
「ジャック…?」
『マスター、大丈夫?』
マスターは僕らの言葉がわかる。今の言葉も、ちゃんと届いたようだ。
「ええ…ちょっと、嫌な夢を見ただけよ。心配かけてごめんね。もう大丈夫よ」
大丈夫と言っているが、マスターの顔色は悪いし、その笑顔はいつものマスターからは想像できないほど儚げだ。
僕はたまらなくなって、触手でマスターを抱き締めた。
「ジャック?」
『マスター、無理、しないで。』
顔を上げると、マスターは驚いたような顔をしたが、やがてにっこり笑って、僕を優しく撫でてくれた。
「ありがとう…ジャックは優しいわね」
そう言われて、僕は嬉しくなった。

僕はフォルテみたいにマスターの理解者になれるわけでもないし、八千代さんや武みたいに立派でもない。流花ちゃんや紫さんみたいに華やかでもない。だけど、こうしてマスターを悪夢から覚まして安心させることくらいはできる。

だからね、マスター。

もっと、僕を頼ってくれていいんだよ?



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