- ナノ -




「ねえ、そのクレッフィ、私にちょおだぁい?」



ねっとりとした声で言った目の前のゴスロリファッションの女に、私はそっとため息をこぼした。こいつも多分トリッパーだ。こういう要求は初めてではないからわかるのだ。しかもフォルテばかり被害に遭う。フォルテは嫌そうに顔を歪めた。

「聞こえなかった?そのクレッフィを寄越せって言ってるのよぉ〜」
「なんで?」
「は?」

まさかそう返されるとは思っていなかったのか、女はポカンとした顔をした。私はお構いなしに尋ねる。
「なんでフォルテ…このクレッフィが欲しいの?」
女は私の言葉を聞くと、それはそれは醜い笑顔でつらつら語り出した。
「そのクレッフィ、色違いじゃなぁい?クレッフィの色違いなんて可愛いポケモン、ヒロインである私にこそふさわしいのよぉ。あんたみたいなモブには不釣り合いよ、カラコンだか知らないけど、オッドアイの振りをしても、私にはわかるんだからねぇ?あんたがヒロイン気取りのただの厨二病なモブだって!」

カラコンだったらどれだけ良かったことか。
しかしまあ、どのトリッパーも同じようなことばっかり言うから笑える。要するにお飾りってことだ。
私は女を鼻で笑って言ってやる。
「私がモブなら、あんたは乞食ね」
「はあ?」
女が顔を歪めた。ああ汚い汚い。
「聞こえなかった?乞食よ。意味わかるわよね?人様にお恵みを乞う…要するに人様のものを欲しがって恵んでもらう人の事よ。」
すると女はついに顔を真っ赤にして喚きだした。
「違うわよ!私がそんな卑しい連中と同じ訳がないわ!クレッフィは私にふさわしいのだから、返してもらうのは当たり前じゃないの!!私が言ってることは、全部当然の権利よ!」
「だってさ、フォルテ」
私は嗤いながらフォルテの方を向く。
「フォルテ、あんたのしたいようにしなさい」
『そうさせてもらうぜ』

シュッ
ドカンッ

「…!?」
吐き捨てるようにして発射されたラスターカノンが、女の頬を掠めた。
これは、フォルテなりの、「拒絶」の意。
女を見ると、頬から血を流しながらわなわなと震えている。
「そうか…あのクレッフィは洗脳されているのね…」
そしてまたテンプレな台詞を吐いて、真っ赤な醜い顔で私を睨みつけた。
「下手に出れば調子に乗りやがって!!もう許さない!あんたを倒してクレッフィの洗脳を解いてやる!」
そう言って投げたボールからは、プリンが飛び出してきた。
「プリン!あの女に転がる!」
「フォルテ、ラスターカノン」
勝負は一瞬で決まった。ラスターカノンを受けたプリンは、技を出す前に目を回してしまった。私は女の方を見た。
「なんで!なんでなんでなんで!なんで私が負けるのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
女は地団駄を踏み、頭を掻きむしって発狂している。
このままにしておく訳にもいかないので、ジュンサーさんでも呼ぼうかと思った時に、女の姿が透け始めた。

ああ、今回のトリッパーは弱いな。

この世界に来たトリッパーは、この世界に絶望したりこの世界で死んだりすると、元の世界に強制送還される。(死んでからこの世界に来た私たちにこの決まりは適応されないが。)
この女は、私に負けて絶望したのだ。
ぎゃあぎゃあ喚きながら消えていく女を見届け、私は方向転換して歩き出した。



「そういえば、」
『なんだよ』
「乞食って、私のいた世界では最古の職業って言われたの。ちゃんと職業として認められてたのよ。特にイスラムって宗教の世界では、乞食間での決まりや格式もあったらしいわ。あんな卑しいトリッパーと同列にしちゃダメね。」
『あらゆる人間と同列にしちゃダメだろ、ダメなトリッパーは。』



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