- ナノ -




『やあカナ!元気だったかい?』
「おかげさまで。あんたはいつも無駄に元気そうね」

ハイテンションな挨拶にローテンションで返す。甲高い声と共に部屋の窓辺に現れたのは、一応私の恩人(?)であるミュウだ。
「何の用よ。今台所に母さんいるの。あんまり騒ぐと気付かれちゃうわよ」
言い忘れていたが、父さんや母さんはミュウには会っていない。こちら側へ来た時も、私はミュウの存在を伏せて説明した。
ミュウは珍しいポケモンなので、情報の漏洩を防ぐための措置だ。
大丈夫大丈夫。気をつけるから』
「ならいいけど。で、何よ」
ミュウがわざわざ様子を見に来たのだから、何かまずいことが起きたのかもしれない。私はどきどきしながらミュウの言葉を待った。
『今日は君に訊きたいことがあって来たんだ』
「えぇ」
『君ってロシア人と日本人のハーフなのに全然ロシア要素ないよね。ロシア語話せないの?』
ズッゴォ。思わずこけた。まさかこいつ。
「それ訊きにきたの?!」
『うん』
「ふざけんな!くだらない!」
おっと、言葉が荒れた。しかしミュウに苛立ちが止まらない。
「そりゃ生まれて数年はロシア暮らしだったからロシア語喋れるわよ?だけど長く住んでたのは日本なの!ロシア語話す必要無かったの!」
『いやでもさ、よくあるじゃん、訛りが消えないとか口癖に母国語が出るとか!』
「漫画のキャラか!ハラショーとか言えって?日本語訛らずに話せるのにロシア語使ってもわざとらしいだけじゃない!」
『ちょっとうるさいよカナ』
「誰のせいよ!」
『まあいいじゃない。ギャグ小説のつもりが今まで全然ギャグ無かったんだから』
「メタ発言やめなさい!」
ぎゃあぎゃあと言い合う私たち。しかし、聞こえてきた声に、私たちは凍りついた。

「カナちゃん?騒がしいわよ?誰か来てるの?」

パタパタと足音が近づいてくる。母さんだ。
『やばいいいい!』
「だから騒ぐなって言ったのよ!」
『カナだって騒いでたじゃんか!』
「あんたのせいでしょ!いいから早く隠れ…」
ガチャ
「あ、」
扉を開けた母さんの瞳に、取っ組み合う私とミュウが映る。

あ、これ終わったわ。










「うふふふふふ」
『えへへへへへ』
はずが。どうしてこうなった。
何故かリビングへ連行された私とミュウ。しかし母さんはミュウに手作りポフレを振る舞い、ミュウはそれを貪るように食べている。美味しいもんね、母さんのお菓子。じゃなくて。
「もう、ダメじゃないカナちゃん。お友達がいらっしゃるならちゃんと言わないと」
「え、あ、うん、ごめん」
お友達。母さんからすればミュウは私のお友達らしい。いやちょっと待って。
「しかしミュウちゃんが私たちを連れてきてくれたのね。大変じゃなかった?」
『いやいや、ボクにかかればそれ位造作ないよ、えへへへへへ…』
「あらまあ、うふふふふふ」
待てって言ってるだろ。ミュウは私が唖然としているうちにいらんことをぺらぺら話したらしい。馬鹿かあんた。
「か、母さん!」
「なあに?」
「み、ミュウって珍しいから、秘密にしてたの。母さんは、私がミュウと知り合いで驚かないの?」
すると母さんはきょとんとした顔をした。
「どうして?」
「え?」
「珍しいポケモンなら、ママもミュウちゃんのことは秘密にするわ。でも、珍しいポケモンでも、カナちゃんのお友達なら関係ないわ。ママの大切なお客様よ。」
母さん…!
その愛情深さは本当に尊敬してるが、座りすぎた肝と懐の広さと天然さ加減に、何度私と父さんが冷や冷やしたかわかってるのー?!
頭を抱えた私を尻目に、母さんとミュウは談笑している。
とりあえずミュウは殴る。決まり。


そして、すっかり意気投合したミュウと母さんが茶飲み友達になり、父さんにもミュウの存在がばれて、さらにその時の父さんの顔が疲れ切った表情を浮かべていたことも、ここに記しておく。



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