- ナノ -





消しゴム

「……はい、そこまで!」
チャイムの音と同時に、担任の佐藤先生の声が教室に響いた。私はシャープペンシルを机に置く。
「一番後ろの席の奴は、回答用紙を集めてきてくれ。提出し終わった人から帰っていいぞ」
佐藤先生が指示を出すと、後ろから、席を立つ音と、プリントの擦れる音が聞こえてきた。
今日は、入学式の日から続いた新入生オリエンテーションの最終日で、課題テストの日だった。
ここ、頼英高校は、名門の進学校と名高い学校だ。入学前の春休みにも課題が出され、入学後には課題テストがある。
私なりにちゃんと勉強はしていたので、多分何とかなった、はず。入学早々赤点を取って補習なんて、絶対に嫌だ。
まあ、幸い、今日の予定はテストだけなので、午後からは自由時間だ。ちょっと羽を伸ばそうかな。


「桔梗ちゃん、また明日ねー」
「うん、バイバイ」
校門にて、私はクラスメートたちに手を振って歩き出す。仲良くなったクラスメートの子たちの中には、私と同じ方面に家のある子がいないため、帰り道は一人だ。
友達と喋りながらの帰り道、というのにも憧れるけど、残念ながらそういうことをできた試しがない。
なんとなく胸がもやもやするのを無視して、校門から数メートルほど歩いた時だった。
「おーい! 委員長!」
大声で呼ばれて、私の肩はびくりと跳ねた。男の子らしい快活さを感じさせる声。私の大好きな声だ。
振り向くと、檀君がこちらに走ってきていた。
「良かった! 追いついた!」
私の前に来ると、檀君は眩しい笑顔を見せる。胸がドキドキする。
「檀君……どうかしたの?」
緊張しているのを悟られないようにしながら尋ねる。檀君は、制服のポケットをまさぐって、何かを出してきた。
「これ、返し忘れてたからさ。ごめんな」
檀君の手のひらに載っていたのは、私の消しゴムだった。テスト開始直前に、消しゴムを無くしたことに気づいて困っていた檀君に、思わず貸したものだった。私は消しゴムを二個持っていたので困らなかった。
「わざわざ届けに来てくれたんだね……ありがとう」
消しゴム一個、ちゃんと返してくれるなんて、檀君は律儀だ。素敵だなあ。
「いやいや、俺も帰り道こっちだからいいんだ。それより、礼を言うのは俺の方だよ。貸してくれてありがとな!」
そして太陽のような笑顔。破壊力抜群だ。今すぐにでも叫びだしたい衝動を堪えて、私は「どういたしまして」と言った。
「あ、じゃあ俺、用事があるから。また明日な!」
檀君は私を追い抜いて、一度私に手を振ってから走って行ってしまった。
「はあ……」
檀君の姿が見えなくなってから、私は大きな溜め息を吐いた。めちゃくちゃ緊張した。膝が笑っていて、今にもへたりこんでしまいそうだが、なんとか耐える。
「檀君、やっぱりかっこいいなあ……」
自然と言葉が漏れた。
テスト中に無くしてもいいように、スペアの消しゴムを用意していた過去の私を褒めてあげたい。おかげで檀君に感謝された。貸した消しゴムはもう一生使えない。宝物だ。
しかし、檀君の笑顔を反芻して、いつまでもぼんやり立っているわけにはいかないので、私はまた歩き出した。
午後は、楽しい気分で過ごせそうだ。


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