- ナノ -





プロローグ

穏やかな4月の朝。

入学式から1週間が経った一年B組の教室では、皆、少しでもクラスメートと距離を縮めようとしていて、話し声や笑い声が飛び交っている。
私が自分の席に鞄を置くと、この1週間で少し仲良くなった子たちが次々と挨拶をしてくれた。
「おはよう」
「坂本さん、おはよう!」
「桔梗ちゃんおはよー」
「うん、おはよう」
「坂本さんもこっち来なよ、お喋りしよう」
嬉しいお誘いを受けた。断る理由もないし、私も友達は欲しい。
だが、その前に。
「先行ってて、すぐに混ざるよ」
誘ってくれた子に断りを入れて、私は、自分の席の左隣を向いた。
そこでは、二人の男子がお喋りをしていた。
心臓がドキドキしてきたが、無視して、二人に声をかける。
「あの、檀君、織田君」
呼ばれた二人が、不思議そうな顔をしてこちらを向く。
「委員長やん。おはようさん」
二人のうち、長髪を三つ編みにした方、織田作之助君がにっこり笑った。
「なんか用か?」
そして、青い短髪が特徴の檀一雄君が、首を傾げる。
「あの、部活動の入部届、今日が締め切りなんだ。出してないのは、うちのクラスでは二人だけだから……ホームルームの時に出してくれって、佐藤先生が……」
私は用件を伝える。学級委員長である私にとって、提出物を急かすのも仕事のうちだ。
この高校では、生徒は必ず部活動に所属しなければならないので、入部届の提出は重要なので、釘を刺すように担任の佐藤先生に頼まれた。
……学級委員長だからって、いい子ぶってると思われただろうか。
一瞬不安になるが、檀君と織田君は、笑って頷いてくれた。
「おう、ちゃんと持ってきてるぜ。世話かけたな」
「伝えてくれておおきに!」
「あ、うん。よろしくね」
二人が優しくて良かった。私は頭を下げて、二人に背を向けて、先ほど誘ってくれた子のグループにお邪魔する。
すると、グループの子たちが次々話しかけてきた。
「早速学級委員長の仕事かあ。なんか桔梗ちゃんが学級委員長なの、しっくりくるよね」
「真面目だもんねー」
「そうかなあ? あはは……」
褒め言葉として受け取っておこう。
曖昧に笑っていると、他の子がまた声を上げる。
「でも、あのイケメン二人組に声かけていいって役得じゃない?!」
「わかる!」
イケメン二人組とは、檀君と織田君のことだ。二人とも整った顔立ちなので、人目を引く。
ただ、ここで自慢をしたら嫌われそうなので、また曖昧な返事をする。
「そう……? 普通に話しかけたら、二人とも乗ってくれそうだけど……」
当たり障りのない返事をすると、グループの子たちは首を振った。
「いやいや、イケメン前にすると緊張するじゃん。どんな話題振ればいいかわからないし」
「それに、あの二人、基本的に優しいけど、不良だしね……」
「あー……そういえばそうだったね」
「そういえば」なんてとぼけたが、檀君と織田君が学校きっての不良だということは知っていた。入学早々、付き合いのあった先輩とともに、学校内の不良を次々にシメたと噂になっていることも知っている。
毎日のようにこっそり観察して、少しずつ彼らの人となりを知っていってるんだもの。
「っていうか、檀君と織田君、皆はどっちがタイプ?」
そのうち、グループの一人がそうやって言い出して、また話が盛り上がる。
私は檀君、あたしは織田君。
皆が答えていく中、私はまた曖昧に笑って、「そんなこと考えたことなかったなあ」と言った。
ちなみに、これは嘘だ。
知り合ったばかりの彼女たちのことを、私はまだよく知らない。私の本当の気持ちを明かした時、どんな反応をするのかも、だ。無闇に敵を増やすよりは、当たり障りのない嘘を吐く方がいい。
彼は人気者だもの。今の時点で私の気持ちがバレたら、きっと反感を買ってしまう。
慎重に、本心を隠していよう。

きゃいきゃいとはしゃぐ皆に気づかれないように、私はこっそり、自分の席の左隣の席を見る。
そこで話している二人は、やっぱりかっこいい。
だけど、私の胸を高鳴らせるのは、青い短髪。金色の目。人懐こい笑顔。

私は、クラスメートの、檀一雄君のことが好きだ。

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