- ナノ -




始まりの疑念

「はあー……ここがミナモシティ……」
なんとか森を抜けたあたしは、目の前に広がる美しい街並みを眺めて呟いた。
ぼんやりしていると、腕に抱いているあたしのパートナーが声をかけてきた。
『とりあえず、行くべき場所へ行こう!』
「そうだね、緋閃」
「緋閃」というのは、ミナモシティへの道中、アチャモに付けたニックネームだ。ゲームでは漢字は使えないし、ちょっとかっこつけすぎたか、と思ったが、アチャモ自身は気に入ってくれたので、まあいいかと思っている。
緋閃の言葉に答えたあたしは、服のポケットから折り畳まれた紙を取り出す。この紙は、鞄から出てきた謎の封筒に入っていたものだ。封筒には、この紙と銀色に光る鍵が入っていた。紙と鍵を封筒から出し、服のポケットに突っ込んで歩き出したのだ。
あたしは紙を開く。そうすると、あたしの目に綺麗な文字が飛び込んでくる。
「ミナモシティ二丁目一二三番地……」
明らかに住所だ。住所の下には、簡単な地図が書かれていた。
「多分、ここに行けってことだよね」
『何があるんだろうね?』
緋閃は首を傾げる。問いに答えられないあたしは、黙って歩き出した。

ミナモシティは美しい上に、活気のある街だった。賑やかな通りは、あたしが殺された時に向かっていた繁華街を思い出させる。故郷に置いてきた様々なものが思い浮かんで、視界が滲む。思い出を振り払うように早足で通りを進もうとした、その時だった。
〈──見てください! この行列!〉
テンションが高い女性の声が横から聞こえて、あたしは思わず足を止めた。声が聞こえた方を向くと、そこは電器屋で、店先にテレビが展示されていた。声の主は、テレビ番組のアナウンサーらしい。
何の気なしにそのままテレビを見ていると、ナレーションが流れ出した。
〈シンオウ地方ヨスガシティのポケモンコンテストに特別ゲストとして招待されたのは、ジョウト地方出身の凄腕トレーナー、ミユさんです!〉
「……特別ゲスト?」
シンオウ地方といえば、ダイヤモンド・パール・プラチナの舞台だ。しかし、わざわざ、コンテストの無いジョウト地方から呼ばれるような凄腕トレーナーなど、ゲームにはいなかった。
まあ、この世界はゲームではない。ゲームの登場人物以外にも、自分で考え、行動する人間の溢れる現実の世界なので、そういう人がいたって不思議ではないだろう。
でも、なんとなく、テレビに映るミユという少女が気になって、そのままぼんやりとテレビを見る。すると、あたしを再び疑いの渦へと突き落とすような言葉がつらつらと流れてきた。
テレビが言うには、そのミユという少女は、ジョウト地方のエンジュシティ出身なのだが、実家は、地元でも有名な名家らしい。確かに、テレビで流れる映像の彼女は、所作に品がある。
しかし、彼女の長所は家柄だけでない。まず、彼女はかなりの美少女だ。空色の髪と桜色の瞳というカラーリングは、異世界ならではの組み合わせだが、春の晴天に咲き誇る桜を思い起こさせる。それくらい彼女は可憐だった。さらに、よその地方のコンテストに招かれる位には、トレーナーとしても優秀らしい。あたしと同い年ながら、様々な地方を巡って、あちこちのジムや大会で好成績を残している。当然、各地のコンテストでも優秀な成績を叩き出している。ファンも多く、各地方のジムリーダーや四天王、チャンピオンも彼女を高く評価しているという。
手持ちのほとんどは、一般的にかっこいいと言われるポケモンで固められているが、何故かジョウト地方にはいない上可愛らしい部類のコオリッポがメンバー入りしていた。

「なんか、怪しい……」
そう、彼女はまるで、よくある夢小説から飛び出してきたかのような人間だった。規格外の強さ、広い人脈、見目のいい手持ち、美しい容姿、ランクの高い家柄。「非の打ち所がない」という言葉を体現しているかのようだ。そして、そういう「ヒロイン」を、あたしは夢小説で何度も見てきた。それは、あたしを刺し殺したあの女も同じだろう。
要するに、ミユという少女は、いかにも、木下 樹里愛が憧れそうな人物像なのだ。
よく考えてみれば、木下も、あたしと同じように、初期装備が与えられ、3つの願い事を叶えてもらっているのだ。初期装備の容姿変更を使い、「名家への転生」とか「最強補正」とかを願えば、簡単に「非の打ち所がないヒロイン」になれるだろう。「転生」で生まれ直していれば、「樹里愛」という名前が変わっていてもおかしくはない。

もう一度、テレビの中の少女を見る。
スポットライトの光の中で、パートナーらしきカメックスと共に見事なパフォーマンスをしている。ギャラリーの歓声を浴びて、にっこり笑うミユ。
そして彼女は、ギャラリーに手を振ると、隣に立つカメックスに、何か声をかけた。カメックスも、彼女の方を向いて応対している。何を言っているかまでは聞こえないが、カメックスの口が動くのに合わせて、ミユも頷いたり、口を動かしている。
「あれ……?」
その姿は、仲の良いトレーナーとパートナーそのものだが、あたしは違和感を覚えた。なんだろう、何かがおかしい。
あたしが思考の海に沈みかけていた時だった。
「あの、すみません」
「うぇ?! あ、はい!」
いきなり後ろから声をかけられて、あたしはびっくりして振り向いた。
「ああ、驚かせてしまいましたか。失敬」
振り向いた先には、ビン底眼鏡をかけた小太りの男の人がいた。
「あの、なんでしょう?」
赤の他人であるあたしに声をかけてくるなんて怪しい。少し声が硬くなるが、男の人は、気にした風もなく言った。
「貴殿、先ほどからずっとテレビに釘付けですが、そんなにミユ嬢のことが好きなのですかな?」
「……え?」
男の人の問いで、あたしはようやく自分を客観視できた。電器屋のテレビに釘付けなんて、あたしこそ不審者だ。顔に熱が集まり、あたしは慌てて男の人に答えを返した。
「あ、いや、そうじゃないんですけど、なんとなく彼女が気になって……」
苦しい言い訳だ。ところが。
「おお! ミユ嬢の新しいファン候補の方でしたか! それならばぜひ布教をしなければ!」
男の人は目を輝かせてずいっとあたしに顔を近づけてきた。あ、このノリ、知ってるやつだ。
「申し遅れました。拙者はこの街にあるポケモントレーナーファンクラブの者です。担当はお察しの通りミユ嬢です! ミユ嬢は素晴らしいトレーナーですぞ! 美しくて強い!」
やっぱり。この人はミユのファンだ。布教したくてたまらないタイプのオタクだ。身に覚えがありすぎる。
遠い目をするあたしをよそに、男の人は早口でミユの魅力を並べ立てる。
「いやあ、才色兼備とは彼女のことを言うのですなあ! しかし、拙者が思う彼女の一番の魅力は、手持ちポケモンの気持ちを正確に理解できることだと思いますぞ!
まるで、ポケモンと話せるかのようなのです!」
「あっ……!」
男の人の何気ない言葉が、あたしの中の違和感の正体を突き止めた。
そう、ミユとカメックスは、まるで「会話をしている」ような素振りだったのだ。普通、言葉の通じない動物相手に、あんな細かい相槌は打たない。それはポケモンだって同じはずだ。
でも、もし、彼女が、本当にポケモンと「会話している」としたら?
そうであれば、細かい相槌にも納得がいく。
そして、ただでさえ完璧超人の彼女が、「ポケモンとの会話能力」なんていうイレギュラーな能力まで持っているなんて、「出来過ぎ」だ。

──ミユは、アイツだ。木下 樹里愛だ。

疑念が確信に変わる。もし木下でないにしても、ミユはトリッパーであることに間違いはないだろう。
「(一度、接触してみるか)」
とっとと木下を捕まえて、復讐できるチャンスかもしれない。
そうと決まれば、あとは行動あるのみ。あたしは、未だにぺらぺらとミユの魅力を語り続ける男の人に声をかけた。
「あの、あとで、ポケモントレーナーファンクラブに、お邪魔してもいいですか? 詳しくお話を聞きたいです」
あたしがそういうと、男の人は、キラキラした目で、ファンクラブ用の自分の名刺と、ファンクラブの建物への地図が描かれたチラシを手渡してきた。
それを受け取りながら、あたしは、ふと腕に抱える緋閃を見た。
なぜか、緋閃は、不安げな顔をしていた。



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