- ナノ -




幼い雛鳥の愛情

「やったああああああ!! 加速6Vアチャモ生まれた〜!!」
見えない壁の向こう側で、女の子が喜んでいる。
タマゴから生まれたばかりの僕を、優しい目で見つめる女の子。僕は、彼女こそが、自分の「おや」だと本能的に悟った。
タマゴの暗闇の中でも感じた温もりは、彼女の連れているファイアローのもの。
そして、暗闇の中で聞こえた、僕が生まれてくることが楽しみで仕方ないという雰囲気を纏った声は、彼女の……椿ものだった。

──僕は、彼女に望まれたから、生まれてこれたんだ。

そう確信した。僕が生まれたことをこんなに喜んでくれる彼女なら、きっと、僕に優しくしてくれる。愛してくれる。そして、タマゴを温めてくれたファイアローのような、立派なポケモンにしてくれる。
これから始まる彼女との日々が、楽しみで仕方なかった。
「あ、そろそろ出かけようかな」
そんなことを考えていると、女の子は、そう呟いて姿を消した。僕は、彼女はいつ帰ってくるのかと考えながら、ボールの中で眠りについた。

『起きて』
声が聞こえて目が覚めたら、そこはボールの中ではなかった。真っ白な空間に浮かぶ僕の前には、大きくて神々しいポケモンがいた。
『はじめまして、こんにちは。椿のアチャモくん』
そう話しかけられて、僕は困惑した。僕は彼に会ったことはないのに、どうして彼は、僕や彼女のことを知っているんだろう。
『俺はパルキア。君に、椿のパートナーになってほしくて、ここに連れてきたんだ』

パルキアは、僕に事情を話してくれた。
パルキアは、椿と僕、どちらのいる世界とも違う世界の神様だという。
そして、椿は、僕が生まれたあと、遊びに出かけた先で命を奪われた。命を奪った犯人は、パルキアの世界に行きたがって椿を殺したらしい。
パルキアは、椿と犯人を自分の世界に引き入れた。その時に、椿は復讐を望み、僕のいる世界からパートナーとなるポケモンを連れてくるように、パルキアに頼んだ。そして、選ばれたのが、僕だという。

『君には、椿のパートナーとして、彼女を支えてほしい。頼めるかい?』
パルキアに問われ、僕は力強く頷いた。パルキアが何を考えているかはわからないが、椿を、僕を望んでくれた人を助けられる。そんなの、行くしか選択肢はない。
パルキアは満足そうに頷き、モンスターボールを用意してくれた。その中に入り、僕は、椿を待った。




「アチャモ……あたしね、殺されたの。殺されて、この世界に来たの。だから、あたしを殺した奴に復讐したい……こんなあたしに、着いてきてくれる?」
僕を抱きしめてくれる椿は、震える声で僕に問うてくる。
見えない壁の向こうから見た時とは違う、赤い瞳。涙を一杯に貯めて、不安そうな顔で。
もし僕が見捨てたら、椿はひとりぼっちになると、はっきりわかった。
だって、椿は無理矢理、この世界に連れてこられたんだもの。彼女の親も、仲間も、この世界にはいないんだもの。
帰る場所もない、可哀想な、僕の「おや」。

──そんな彼女を、見捨てるつもりなんか、最初からない。

だから僕は、彼女を安心させるように声を上げた。
『パルキアから事情は聞いてるよ。僕ね、選ばれたのが自分で良かったって思ってる。僕、椿が大好きだもん。だから、椿の側にいたい。椿のしたいこと、僕で良ければ協力する!』
僕の声は、ちゃんと椿に届いたらしい。椿は、目を見開いて、そして、顔をくしゃりと歪めた。
「ありがとう、アチャモ……!」
震える声で、椿は僕に感謝の気持ちを伝えてきた。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、少し苦しいけれど、温かい。
彼女に触れられる喜びと、彼女を泣かせた奴への怒り、そして、僕が椿を守ろうという決意。
様々な感情が渦巻くのを悟られないように、僕は椿に頬擦りした。うん。甘えるのは気持ちがいい。

椿、僕は、僕だけは、君の味方だからね。



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