- ナノ -




自己中心的な現実逃避をした誰か

──どうしてジュリアが、こんな目に遭うの?




ジュリアは、生まれた時から特別だった。
純日本人のパパと、海外の血の混じった家系生まれのママの間に生まれた子ども、それがジュリアだった。パパとママは大して容姿が優れている訳ではなかったが、ジュリアは違った。それはそれは可愛らしい顔を持って、ジュリアは生まれてきた。
両親が大はしゃぎして付けた、「樹里愛」という名前も、他の不細工な女なら痛々しいところを、可憐なジュリアには良く似合っていた。

パパとママは、ジュリアをそれはそれは可愛がってくれた。当たり前だ。高齢出産と言われる年齢になってようやくできた一人娘、それもこんな美少女だ。可愛がらない方がおかしい。ジュリアが近所の人に容姿を褒められれば、誇らしげな顔をしていたっけ。
パパとママは私の望みはなんだって叶えてくれたし、世界一可愛いと褒めてくれた。

しかも、ジュリアが神様に貰ったプレゼントは、容姿だけではなかった。ジュリアは、言葉を覚えて話し出すのも、箸を使えるようになるのも、字を書けるようになるのも、他の子より早かった。通信教材での勉強や習い事でも優秀な成績を出せた。ジュリアは、中身も優秀だったのだ。
パパとママは大層喜んだ。ジュリアは完璧な人間だって褒めてくれた。でも、それはジュリア自身、わかりきっていたことだった。だって、ジュリアが普通に出来ることを、周りの凡人は出来なかったんだから。

そして、そんなジュリアが、自分の人生の意味を知ったのは、5歳の誕生日のことだった。
字を覚えたジュリアは、絵本を自分で読めるようになっていた。そして、その日読んでいたのは、誕生日プレゼントで貰ったばかりの絵本だった。美しい少女が、幸せを掴むストーリーだった。
その絵本を読んでいて、ジュリアは、主人公である少女は、自分に似ていると感じた。美しく、優秀で、かつ心優しく、まさに理想のヒロインと言った人物だった。まあ、美しさも才能もジュリアには劣るだろうけど。
でも、それに気づいた時、ジュリアはあることを考えた。

このヒロインより優秀で完璧なジュリアは、彼女よりヒロインに相応しいのではないか?

だって、パパもママも、周りの大人も、ジュリアを完璧な女の子だと言ってくれる。だから、ジュリアが完璧な女の子であるのは決定的な真実。
と、言うことは。
「ジュリアは、この世界のヒロインなんだ……!」
そう、ジュリアは、この世界の中心、ヒロインとして生を受けたということに、この時ようやく気づいたのだ。




それから、ジュリアは、ヒロインとして相応しい振る舞いを心がけた。
小学校に上がったジュリアは相変わらず可愛らしく、勉強も運動も人より良く出来たから、やっぱりジュリアはヒロインだと確信した。
当然のことながら、ヒロインであるジュリアを、周りは愛してくれた。本当は、能無しや凡人と付き合いたくなかったけれど、ヒロインは恵まれない人にも優しいものだから、慈悲をくれてやったのだ。
でも、たまに、ジュリアに嫉妬して意地悪をする奴や、身の程知らずにもジュリアの邪魔をする奴もいた。
でも、ヒロインは戦い、必ず勝つものだ。
パパやママ、先生、クラスメートなどに、そういう奴らが虐めると泣き真似をしながら言えば、そいつらは制裁を受けて、ジュリアの前からいなくなった。悪役には相応しい末路だ。
そうやって、周りに愛されて中学生になり、2回目の夏休み。ジュリアの運命を変える出来事が起こる。

「引っ越し?」
「ああ、パパの仕事の関係で、この家に住んでいると色々不都合なんだ。学校の友達と離れるのは寂しいだろうが、まあ樹里愛ならどこでもうまくやれるさ」
そう、パパの転勤によって、ジュリアたち家族は、生まれ故郷から遠く離れた都市に引っ越すことになったのだ。まあ、ジュリアはヒロインだから、どこに行こうが愛される。だから、引っ越しなんて面倒事を持ってきたパパのことも許してあげた。

通っていた私立中学校より、さらにレベルの高い中高一貫校が、ジュリアたちの引っ越し先の近所にあって、ジュリアは、編入試験を難なくパスし、その学校に通うことになった。
もちろん、ヒロインであるジュリアはすぐに人気者になったのだが、一人だけ邪魔者がいた。

野坂 鈴美。
見た目はジュリアとは比べ物にならない程地味な女だったが、問題は、その成績だった。あの女は、なんとジュリアより成績が良く、学年でぶっちぎりのトップの成績だったのだ。だから、地味なくせに慕われていた。
しかも野坂は、ジュリアを崇めようとせず、生意気にもジュリアを避けていた。
「まーた、悪役が出てきたわね」
ヒロインは大変だ。悪役と闘わなくてはいけないから。でも、闘えば悪は滅びる。
ジュリアは行動を開始した。

「キャアアアアアアアアアッ!! 誰か助けてぇぇぇぇぇぇ!!」

計画は面白いほど上手く行った。野坂が一人になったタイミングで、彼女に自分の罪を自覚させ、あとは、彼女がジュリアを虐めたように見せかけて助けを呼べば、ジュリアを愛する凡人たちが、野坂に暴力を振るってくれた。
野坂は必死に無実を訴えていたが、悪役の言葉を聞く人間はいない。先生たちも、野坂を罵った。
優しいジュリアは、「大事にはしたくない」と、野坂に慈悲をあげた。
パパとママにも連絡が行き、二人は私を心配して、野坂を憎んだ。
その日の夜、自分の両親に引き摺られて謝罪に来た野坂に、パパとママは好き勝手罵声を浴びせているし、野坂はボロボロで、自分の両親にすら信じてもらえなかった様子だしで、ジュリアは笑いを堪えるのに必死だった。
野坂は、家でも学校でも罰を受けるようになった。

そうして、悪を成敗したジュリアは、また平和な生活を送れるようになった、と思ったのだが。

「みんなおはよう〜」
「……。」
「どうしたのみんな〜怖い顔して〜」
ある日の朝。教室に入ってきたジュリアを、クラスメートたちが怖い顔で見てきた。どうしたのかと、ジュリアが尋ねると。
「どうしたもこうしたもないよ! この嘘吐き!」
クラスで一番ジュリアに媚び諂っていた女が怒鳴った。
「え……なんのこと?」
「とぼけるな! 野坂のこと、全部自演自作だったじゃねえかよ!」
「私たちをいいように使ってたんでしょ?!」
「野坂の奴、俺たちのやったことをネットにばら撒きやがった! それもこれも全部お前のせいだ!」
次々と飛ぶ罵声に、ジュリアは凍りついた。どうして、なんでバレた?
と、クラスメートの一人が、ジュリアにICレコーダーを突き出してきた。スイッチが入る。
<いい気味ね、野坂さん。あなたに味方なんかいないんだから、早くジュリアの前から消えてよ>
<私を嵌めておいて、いけしゃあしゃあと!>
<だってあなたが悪いのよ。ジュリアの邪魔をしたんだもの>
「あ……あぁ……!」
それは、数日前に野坂と交わした言葉。録音されていたのか! 余計なことを……!
「ち、違うの! 野坂さんが悪いのよ! 野坂さんが……!」
「黙れ! よくも俺たちを犯罪者にしたな!」
「おい! ちょうどいい、こいつに制裁してやろうぜ!」
「賛成!」
「こんなクソ女、どうなってもいいよね!」
ジュリアを崇めていたクラスメートたちが、ジリジリと私に近寄る。そして。
「や、やめて、違うの、野坂さんが、いやっ……ぎゃあああああああああ!!」
ジュリアは、気を失うまで暴力を振るわれた。




そこからは地獄だった。
野坂は、いじめの証拠をネットやマスコミにばら撒いていて、いじめに加担した人間は罰を受け、ジュリアも学校も、世間から叩かれた。
クラスメートどころか、学校中の生徒が、ジュリアを虐めてきた。ジュリアは煽っただけ。自分たちで勝手にやったことなのに。
先生ですらジュリアを罵ってきた。ジュリアは、たちまちボロボロになった。
そして、何よりジュリアを傷つけたのは……。

「この出来損ない! よくも私たちに恥をかかせたわね!!」
「お前の様な屑、生まれてこなければよかったのに!」
「パパ、ママ……やめて、いや、痛い、やだ、いやああああああああああ!!」
今までジュリアを可愛がってくれたはずの両親だった。
ジュリアの嘘がバレた日、両親にも連絡が言った。ジュリアは、両親なら信じてくれるだろうと思っていたのに、ボロボロになって家に帰ってきたジュリアに、ママは平手打ちしてきた。パパは怒鳴りつけてきた。ジュリアは信じて欲しいと言ったが、両親は聞く耳持たず、そのまま殴る蹴るの暴力を振るってきた。

しばらくして、野坂が自殺した。ジュリアや、周りの人間に対する恨み辛みを書き綴った遺書がマスコミによって発表され、ジュリアはさらに世間から叩かれた。しかも、学校を退学させられた。退学になるまで、両親に蹴り出されるように学校に行かされ、虐められた。
家でも、両親に暴力を振るわれた。食事も与えられず、服の洗濯もしてくれず、さらに、風呂に入ることや、家にあるあらゆるものを使うのを禁じられた。
ネットでは、ジュリアの名前どころか、パパの勤め先ですら特定されていて、パパは勤め先をクビになり、昼間から酒に溺れてジュリアに当たり散らした。ママはパパと喧嘩ばかりするようになり、そのストレスをジュリアで発散していた。

ジュリアは自分の部屋に引きこもるようになった。
なんで、どうして、ジュリアはヒロインなのに。
そればかりが頭を支配した。

そんな地獄の日々を過ごしていたある日、ふと、机に置かれていたスマホを見て、ジュリアは希望を見出した。
実は、ジュリアは、漫画やアニメ、ゲームが好きだった。そして、好きが高じて、夢小説というものを読んでいた。
スマホの契約を切られたので今は読めなくなってしまったが、夢小説の世界では、ジュリアに相応しい素敵な男の人たちが、ジュリアを愛してくれたから、夢小説が大好きだった。
そして、何よりジュリアが好きだったのは、ポケモンのトリップ夢小説。現実世界からポケモンの世界に迷い込むという設定がロマンチックで、ジュリアもトリップしたいとよく妄想したものだった。

そうか。今、その妄想を本物にしちゃえばいいんだ。

答えはあっさり出た。この地獄は、この世界に未練を無くすための神様からのプレゼント。神様は、私のトリップを望んでこんなことをしたんだ。
なら、さっさとトリップするべきだ。ああでも、神様に呼びかけるなら、生贄を捧げる必要がある。

そこまで考えて、ジュリアは早速、台所から包丁をくすねて家を出た。




ザクッ
「う、あぁああぁあぁあああ?!」

生贄は簡単に見つかった。その辺を歩いていた地味な女を刺してやった。まあ地味だけど、生贄には十分だ。
「アハハハハハハハハッ! やった! 殺してやった! これでポケモンの世界に行ける! こんな世界とおさらばできる!」
嬉しくて嬉しくて、思わず笑ってしまう。こんなに笑ったの、いつぶりだろうか。
しかし、視界の端で、生贄がまだ動いているのを見てしまった。
「うわっ、しぶとい、まだ生きてた」
一撃で死ねば手っ取り早く済んだのに、面倒臭い。
「早く死んでよ、ジュリアのために」

ザクッ。ドスッ。グチャ。
ああ神様! 私を早く別の世界に連れて行って!




『おーい』
かっこいい声に呼ばれて、ジュリアは意識を取り戻した。
何でジュリアは寝てたんだろう。確か、生贄にとどめを刺して、それで……。
「…っ!」
慌てて飛び起きると、そこは見たことのないような豪奢な部屋。そして。
『あー、起きたね』
「パルキア……!」
ジュリアの大好きなゲームのキャラクター、パルキアがジュリアを見下ろしていた。
「パルキア! ジュリアはトリップできるのね?!」
ジュリアは、嬉しくて叫び出したい衝動を抑えながら尋ねた。
『あーうん、まあ生贄作っちゃったから、トリップさせるよ』
パルキアの答えに、ジュリアの身体が歓喜に震える。ジュリアがヒロインに返り咲く時が来たんだ!
神様の前で大騒ぎするわけにいかないので、必死に興奮を落ち着けていると、パルキアが続けた。
『じゃ、願い事3つ叶えてあげる。戸籍とトレーナーカード、最低限の旅の荷物と容姿変更は初期装備ね』
なるほど。それだけあれば野垂れ死ぬことはない。でも、ジュリアにはまだ欲しいものがたくさんある。
「まず、みんなに愛される体質にして!」
そう、まず、ヒロインであるためには愛されなくてはならない。多分、元いた世界の連中はジュリアを愛していなかったんだ。だから、ジュリアを裏切った。だから、裏切られないように、何もしないでも愛される体質が欲しい。
『はい、逆ハー補正ね。次は?』
「ポケモンと話せるようにして!」
これは鉄板でしょ。ポケモンと話せる、特別なヒロインが、ジュリアに相応しい役柄なんだから。
『最後は?』
パルキアにそう聞かれて、ジュリアはしばらく考える。欲しいものはまだたくさんあるが、欲張りすぎるとパルキアの心象が悪くなる。
最後の一つの願いで、叶えたいもの……あ、そうだ!
「名前を変えたいわ!」
『へえ?』
ジュリアの答えに、パルキアが、面白いものを見るかのような目で見てきた。
『理由と、改名後の名前の希望を聞かせてよ』
何よ。ジュリアに来て欲しくて呼んだくせに、とぼけちゃって。まあいいわ。
「ジュリアを愛さなかった親に貰った名前なんて、もういらないわ! ジュリアは生まれ変わるの! 名前の希望は……そうだ、ティアラ! ティアラがいいわ!」
ジュリアが答えてあげると、パルキアが頷いた。
『わかった。容姿は変更する?』
「今より可愛くして! あと、髪は長くてカールした金髪で、瞳は緑色がいいわ!」
容姿変更のサービスも使わなきゃ損よね。あんな親から貰った容姿、いくら可愛くても忌々しいし。
『了解。じゃ、いってらっしゃい』
そう言って、パルキアの身体が眩しく光りだした。眩しくて目が開けられない。

……そういえば、パルキア、かなり素っ気無いな。
まあ、ジュリアが立派なヒロインになったら、デレてくれるでしょ。



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