- ナノ -


ズキズキ。ズキズキ。

昨日、母に蹴られて痣ができた腹が痛む。しかし、倒れたり痛みを誰かに訴えても無駄だと知っている私は、ふらつきながらもアスファルトの道を歩いていた。学校からの帰り道は、いつも憂鬱だ。

私の名前は静音。そこそこ裕福なだけの一般家庭に生まれ、現在は十五歳の中学三年生。学校の成績も容姿も平凡で、取り立てて得意なことはない。
人と違うことといえば、家族に虐待を受けていることだけだ。

私には一つ下の、乃愛という妹がいるのだが、彼女はモデルになっても通用するような美貌の持ち主で、しかも、勉強も運動もなんでもできた。
そんな乃愛と平凡な私。両親だけではない、皆がどちらを愛するかは明白だった。

両親は、何でもできる乃愛を溺愛した。彼女の欲しがったものは何でも買い与え、様々な習い事をやらせて、さらに多額のお小遣いも渡した。高校も、金持ちが行くような私立の名門進学校に進学させようとしている。
反対に、平凡な私に、両親は冷たかった。普段は空気扱いするくせに、家事は私に押し付け、気に入らないことがあると罵声を浴びせてサンドバッグにした。習い事も「お前みたいなダメ人間はやるだけ無駄」だと言ってやらせないくせに、机に鎖で繋いで夜遅くまで勉強をさせた。何かを欲しがったら殴られた。妹だけにお小遣いを渡していると私に吹聴されたらまずいのか、お小遣いはくれたが、それも乃愛のお小遣いと比べたら雀の涙ほどの額だった。食事を抜かれるのは当たり前、旅行などの外出の際は置いていかれた。

さらに最悪なのは、甘やかされた乃愛が超がつくほどのワガママ女に成長し、両親と同じく、私をサンドバッグ認定したことだった。
乃愛は、私が雀の涙ほどのお小遣いを貯めて買ったものを欲しがった。私が拒むと両親に泣きついて、私は両親にまた暴力を振るわれ、私物を奪われた。しかも、乃愛は私から奪ったものを乱暴に扱いすぐ壊して、悲しむ私を見て嘲笑った。乃愛が私に直接暴力を振るうこともあったし、彼女のやったいたずらは全部私のせいにされた。

当然、私は理不尽な扱いに怒りを覚えて抗議した。しかし両親は、「お前はお姉ちゃんなんだから妹に尽くすのは当たり前」とか「お前がダメ人間だからしつけているだけなのに生意気を言うな」やら「お姉ちゃんなら妹より優れているべきなのに、ダメなお前が悪い」と私に暴力を振るいながら言った。
ならばと、教師や近所の人など、身近な大人に相談した。両親は服で隠れる場所にしか暴力を振るわないから、服を捲って痣を見せて。しかし、両親は外面は良く、外では理想の親、理想の夫婦を演じていたため信じてもらえなかったし、信じてくれた人が両親に事情を訊いても、両親は「躾だ」「この子は自傷癖と虚言癖がある」なんて嘘を吐いてごまかすから、すっかり私が嘘吐き扱いだ。ついでにその後チクリ魔だと両親に殴られた。
乃愛もそんな両親に似て外面は良く、学校では教師に信頼され、スクールカーストトップの派手なリア充グループに属していて、グループ外にも友人が多い人気者だ。だから、乃愛は自分に好意を持つ男子生徒を利用して、私のクラスメートに、私に近づかないでと脅しをかけたり、教師にあることないこと吹き込んだり、自分の友人に「姉がいじめる」と泣きついて悪い噂を流してもらったりとやりたい放題している。おかげで私は友達もおらずいつも独りぼっちだ。

悔しいとも、悲しいとも思う。しかし、私にはどうすることもできない。だって、どんなに努力しても乃愛には敵わないし、人間は、美しかったり、優秀な人に愛情が傾く生き物だ。だから、私が愛されないのは、当然なのかもしれない。

……でもやっぱり、痛いのは勘弁願いたいなぁ。

そんなことを考えていると、視線の先の信号機が赤になり、私は横断歩道前で立ち止まる。
この横断歩道を渡ったら、家はすぐだ。今日は殴られるのか、食事を抜かれるのか。考えるだけで憂鬱だ。
私が溜め息を着いたその時だった。
「あ、れ……?」
目に映る景色がぐにゃりと歪み、霞む。身体が重い。足元がふわふわする。

ああ、そういえば昨日から何も食べてなかったな。貧血か。

そう気づいた私は、その場にしゃがみ込もうとした時だった。

「やばい! 遅刻する!」

ドンッ

男の人の声が聞こえて、背中に衝撃が走る。私はよろめいて横断歩道に飛び出してしまう。そして。

キキーッ!

甲高い音と共に、私の身体は跳ね飛ばされた。

「キャアアアアアアア!!」
「事故だ!」
「女の子が轢かれた!」
「救急車とパトカー呼べ!」
「運転手は無事か!」
「おい待て!お前があの子にぶつかったの見てたぞ!」
「私も見た!捕まえなきゃ!」
腹から流れる温かい液体。暗くなっていく視界。悲鳴と怒号が遠くに聞こえる。
どうやら、人にぶつかられて道路に押し出されたところを車に轢かれたらしい。
身体中痛いのに、手も足も動かない。

ああ、もう死ぬのか。

そんな考えがすんなり浮かんできた。死んだら私はどうなるんだろう。

それにしても、眠い……。

私は瞼を下ろし、そこで意識が途切れた。

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