- ナノ -


母親に絵本を読んでもらった後、私は、両親が契約した通信教材の冊子を手に取った。
この通信教材は、元の世界におけるこども○ゃれんじのようなものだ。子どもの成長に合わせておもちゃや冊子などが毎月届き、色々なことを学べる。私のところへは生後六ヶ月くらいから届いている。
とは言っても、今の私の身体は一歳半なので、届く教材は一歳半レベルのものだ。中身は十五歳なので、教材はつまらないことこの上ない。やらないと両親が心配するので、渋々やっている状態だ。
でもまあ、おもちゃや冊子を独り占めできる状態はやっぱり気分が良いので、悪いことばかりではないかな。

私が冊子を開くと、間違い探しのページが現れた。前世で持っていたものより上等なクレヨンの赤色を手に取り、次々と間違いに丸を付けていく。一歳児用の間違い探しなど簡単すぎる。いくら私が出来の悪い人間だからって、これくらいはできて当然だ。
全部の間違いに丸を付け終わると、背後から影が差した。
反射的に振り向く。振り向いた瞬間、ピンク色の体毛が視界に入り、私はほっと息を撫で下ろした。
『クレア! もう終わったの?』
「……ももえちゃん」
そこにいたのは。母親のパートナーで、色違いのオオタチ、桃恵ちゃんだった。そう、私がこの世界に生まれて初めて見たポケモンだ。
桃恵ちゃんも「今のところ」私に優しいから、害はない。
でも、前世では、後ろから殴られたり突き飛ばされたりということが日常茶飯事だったので、後ろに立たれるのはまだ苦手だ。
そんな私の考えなど知らない桃恵ちゃんは、教材を覗き込んで『早いねー!』などと言っている。
『ルーシー! すごいよ! クレアったら、もう間違い探し終わらせてる!』
桃恵ちゃんは、台所で洗い物をしている母親の元へすっ飛んで行って、母親の服の裾を引っ張りながら戻ってきた。母親は、「あらあら桃恵ちゃん、どうしたの?」と苦笑している。
『クレアすごいよ! もう間違い探し終わらせてる!』
桃恵ちゃんはそう言いながら母親の足にまとわりついているが、母親には、パートナーが興奮気味に鳴き声を上げているようにしか聞こえていないのだろう。不思議そうな顔をして、私の方へ近寄ってきた。
「あら! もう終わらせたの? クレア、凄いわねえ」
私の手元の教材を覗き込んで、母親は感心したように声を上げた。
「ルーカスの言った通り、クレアは賢い子かもしれないわね」
私の頭を撫でながら、母親は呟いた。それを聞いて私は、しまった、と思った。
両親が無駄に期待などしたら、ボロが出た時の失望も大きくなるだろう。そうしたら、余計に扱いが悪くなる。もともと「駄目な子」だった前世より酷く扱われるかもしれない。
「(迂闊だったなあ……)」
溜め息を吐きたいのを我慢しながら、私は、どうやって「年相応」を演じようか頭を働かせようとした時だった。
「きっと、クレアはなんにでもなれるわね。どんな進路を選んでも、応援してあげたいわ」
母親は、静かに、でも優しい声で呟いて、笑った。

違う。
私が賢いなんて、なんにでもなれるなんて、ただの勘違いだ。
きっと、今に失望することになる。

私は、自分を戒めるために、前世の家族の顔を思い浮かべる。ゴミでも見るかのように私を見る家族の醜い顔は、今でもはっきり思い出せた。
今の両親も、ああいう顔で私をも見るようになるだろう。
それはよくわかっているはずなのに、何故か、今の両親の笑顔は、前世の家族の顔と結びつかなかった。

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