- ナノ -


新しい家族を信用しないと改めて決めた日からさらに時が経ち、私は一歳半になった。
よちよち歩きができるようになり、離乳食も卒業。手もうまく動かせるようになり、出来ることが増えてきた。発達万歳。
そして、出来ることが増えてくると、自然と自分の生まれた場所や、家庭の状況がわかってくる。私は、仕事に行こうと準備している父親と、準備を手伝う母親をぼんやりと見ながら、わかったことを脳内で整理した。

まず、私が生まれて現在も住んでいるのは、イッシュ地方のカラクサタウンという町だった。確か、「ブラック・ホワイト」とかいうソフトの舞台だったはず。母親とのお散歩などで私が実際に見た「カラクサタウン」は、小さくてのどかな田舎町といった感じだった。たまに、父親の車で隣町のサンヨウシティに遊びに行くけど、サンヨウシティの方が栄えてるみたい。
そして、サンヨウシティとは別の方向にあるもう一つの隣町はカノコタウンという名前で、カラクサタウンより小さな町だが、アララギさんというポケモン研究家の研究所がある。アララギさんは両親の知り合いらしく、たまに研究所に家族で遊びに行ったり、逆にこの家に遊びに来てもらったりしている。私のことも可愛がってくれる、面白いおじさんだ。
……というか、確かポケモンのゲームって、研究所でポケモン貰うところからストーリーが始まるよな。ということは、カノコタウンが最初の町なのかな?
……まあ、私には関係ないし、別にどうでもいいや。

さて、次に整理するのは、私の生まれた家庭についてだ。
私の生まれた家庭は、割と裕福な家庭らしい。可愛い上、品質の良い服を着せてくれるし、おもちゃや絵本もたくさん揃っている。前世では私の私物など無いに等しかったので、例え赤ん坊のおもちゃであろうと、独占できるのはちょっと嬉しい。閑話休題。
広い家に置かれた家具は、前世の家の物より高価だとわかるものばかりだが、どの家具もシンプルで、機能性重視、といった感じの物だ。
前世の家庭も裕福ではあったが、両親はいわゆる成金趣味で、ごてごてした装飾のついた、いかにも「お金を掛けてます」と言わんばかりの家具や私物を好んでいた。両親に影響された乃愛も物を際限なく欲しがる上、両親も浪費大好きだったので、家はごてごてした物で溢れていたっけ。正直、かなり悪趣味だと思っていた。それに比べたら、今世の両親はまともなセンスの持ち主のようだ。今のところ虐待もないし、この家庭は居心地が良い。あくまで、「今のところは」だが。
そして、そんな我が家の大黒柱である父親の仕事は、ポケモンドクターだ。今の近くに小さな診療所を構えていて、そこで怪我をしたり病気になったポケモンを診察している。ポケモンセンターに手伝いに行くこともあるらしいが、ポケモンセンターのジョーイさんとポケモンドクター、私にはまだ、違いがよくわからない。
一方、母親は専業主婦で、家庭を切り盛りしている。家事がとても上手で、家の中はいつもピカピカな上、料理上手で、たまにおやつも手作りしてくれる。たまに父親の診療所に手伝いに行くあたり、医療の知識もあるらしい。私が見る限り、良妻賢母の具現化のような人だ。まあ、本性はどうなのかはわからないが。
また、両親は、二人とも凄腕のポケモントレーナーで、様々な地方を旅していたらしい。持っているポケモンの中には、イッシュ地方にはいないポケモンもいるとは、アララギさんの談だ。
両親揃ってこんなにハイスペックだと、きっと私にも高い能力を求めるようになるだろう。私はそんな優秀な人間ではないから、いつかボロが出る。

「クレア、パパをお見送りしましょうね」
「……あ、うん!」
考え込んでいるうちに、父親の支度が終わったらしい。私は、両親と連れ立って玄関に向かう。
「クレア、いい子にしているんだよ」
父親が、私の頭を撫でた。前世では頭を撫でられたことなどなかったから、ちょっと変な気持ちになった。
「じゃあルーシー、家のことは頼むよ。行ってきます」
父親が笑って手を振る。私は、母親と口を揃えて「いってらっしゃい」と言った。
父親が出て行き、玄関は静かになるが、すぐに母親が、しゃがんで私に目線を合わせた。
「クレア、今日は何しようか?」
まだ幼稚園にも行けない年齢の私は、家の中で何かして過ごすしかない。母親は毎日、私のやりたいことを訊いてくれる。私は色々考えを巡らせて、やりたいことを口に出す。
「えほん、よんで」
「そうなの? じゃあ、リビングで読みましょうか!」
母親はにっこり笑って言った。本を読めば、少しはこの世界のことが勉強できそうだという私の考えには、気づいていないようだ。
私は、母親の後について歩き出す。

父親も母親も、今は私に優しい笑顔を向けてくれる。ただ、私はいつか、彼らを失望させるだろう。その時、笑顔の仮面は剥がれて、彼らの本性が露わになるに違いない。そうしたらまた、私は地獄の毎日に逆戻りだ。
両親の優しい笑顔は、まやかしに過ぎない。
それは、最初からわかっているはずなのに、何故か、胸がちくりと痛んだ。


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