- ナノ -


「クレア、起きなさーい」
そんな母親の声で、私の意識は浮上する。目を開けると、母親が私の顔を覗き込んでいた。
「おはよう、クレア」
彼女はにっこり笑って私を抱き起こした。

時間が経つのは早いもので、私は1歳になった。ベビーベッドを卒業して、両親の使うダブルベッドで一緒に寝るようになり、ある程度の距離を自分で歩けるようになった。そして何より……。
「ママ」
「どうしたの? クレア」
たどたどしいながら、言葉が喋れるようになった。そう、ある程度の意思疎通ができるようになったのだ。
ここまでの日々はもう、苦労と羞恥心の連続だった。
見た目は赤ん坊でも、中身は中学生な私にとって、授乳やオムツ替え、親との風呂なんて恥ずかしい以外の何物でもない。何故か自分の意思に反して喋れなかったり、空腹の時に泣き出したりしてしまうので、不審がられることはなかったが、メンタルはゴリゴリ削られた。
1歳児でも、出来ることは限られてくるが、それでも立てもしない赤ん坊よりはマシだ。
まだ難しい言葉や、長い言葉を話すことはできないが、それでも何がしたいか、何が欲しいかを大人に伝えられるので精神的に大分楽になった。言葉万歳。

「クレア、今日はこれを着ましょう!」
クローゼットの前に連れてこられた私の前に、母親が服を広げた。見ると、この前のお出かけの時に買ったばかりのワンピースだった。フリフリした可愛らしい服だ。しかも、買っていた店を見ても、いいとこのブランドの服らしかった。この手の服を着て転生前は着れなかったから、ちょっと嬉しい。

今世の両親は、今のところ私を可愛がってくれている。いい服やおもちゃを与えてくれるし、優しく話しかけてくれる。何かを注意する時も、怒鳴りつけたりず、諭すように言う。いつ怒鳴られるかとビクビクせずに済むから楽だが、これがいつまで続くやら。
両親の手持ちポケモンたちは、皆私と遊びたがり、面倒を見てくれるが、両親が敵になったら彼らも手のひらを返すと思うと、彼らの笑顔は白々しく見えてしまう。申し訳ないけども。

服を着替えて、母親に抱き抱えられてリビングダイニングに連れて行かれると、ダイニングテーブルで父親がコーヒーを飲んでいるのが見えた。
「おはよう、クレア!」
「パパ、はよ」
挨拶を返そうにも、「おはよう」がうまく発音できない。しかし、父親はにっこり笑ってくれた。まあ1歳児だし、ペラペラ喋るのを期待されても困るけど。
「クレアは言葉を覚えるのが早い気がするよ。賢い子だ」
父親は満足そうに母親に声をかけているが、私は、父親の言葉で昔を思い出していた。
「(賢い……ね……)」
ミュウも私を賢いと言ってくれたが、自分では全くそう思えない。
いつだって優秀だと褒められるのは乃愛で、私は、「馬鹿」だの「愚鈍」だのと両親に罵られた。
言葉が早いのは、私が転生者でもともと言葉を知っているからだ。私は賢い訳でも、優秀な訳でもない。なんの能力もない平凡な人間だ。
私が優秀でないと、今の両親もいつか知ることになるだろう。その時、この人たちは失望するのだろうか。私に冷たく当たるようになるのだろうか。
「(なら、最初から期待しない方がいいな)」
席に着きながら、私はそう結論付けた。

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