- ナノ -


「まだこの世界を信じてはダメだ」と結論を出し、眠りについた私は、何度か眠りと覚醒を繰り返した。
現在、両親の姿を視認した日の翌日だ。壁にかかっている時計が何とか見れたので、今が午後だということも確認できた。
両親は今、部屋にいない。私も特にお腹が空いたりしている訳ではないので、ボーッとしていた。動けないので暇だ。
「(モビール見るのも飽きてきたなあ)」
まだ自分の気持ちを言葉で表すこともできないので、本当に暇だ。

仕方ない、また寝るか。

そうして私が目を閉じた瞬間、ドタドタという音が迫ってきて、私は再び目を開けざるを得なくなった。
「(何……?)」
両親の足音にしてはうるさい。私は、部屋の出入り口の方を見る。すると、うるさい音の主が部屋に飛び込んできた。
『わー! ようやくルーシーの赤ちゃんに会えるー!』
そんな声が聞こえて、私の目に映ったのは、ピンク色。
視線を動かすと、ピンクと白のシマシマ、長い胴、そして、私を見つめるくりくりした瞳が見えた。
この姿の生き物を、私は知っている。
「(オオタチ……?)」
そう、乃愛が見せてきたポケモンの中にこの子がいた。この子はオオタチだ。
しかし、乃愛が見せてきたオオタチは茶色っぽかった。こんなピンク色ではないはず。
『うわーかわいい! 私のこと見てくれてる! 私はオオタチの桃恵! よろしくねー!』
……やっぱりオオタチだった。そこで私は、ある可能性に行き当たる。

……多分この子は、乃愛がたまに言ってた、「色違い」の子なんだろう。

しかし、オオタチ、ピンクも茶色もかわいいなあ、なんて思考が飛び始めるが、桃恵と名乗ったオオタチの声で現実に引き戻される。
『クレアって名前なんだよね! 私は、あなたのお母さんのパートナーなんだよ!』
……なるほど、母親のポケモン。確か、色違いポケモンはかなり珍しいはず。乃愛が、どれだけ厳選しても出ないって喚いてた。美人な上強運、さらにイケメン旦那持ちとは、私の新しい母親はチートらしい。こりゃ私もそれなりの能力を要求されるぞ。憂鬱だなあ。
私は、心の中で盛大に溜め息を吐く。赤ん坊なので態度には出せない。
確かポケモンってトレーナーの言う事に従うから、新しい母親が私をサンドバッグ認定した暁にはこの子も敵になる。あまり信用しない方がいい。
桃恵さんは、私の内心など知らずにぺらぺらと話し続けている。仲良くしようね、とか、私が遊び相手になるよ、とか。赤ん坊相手によく喋り続けられるものだ。
『おい、ぺちゃくちゃうるさいぞ桃恵。人間に、それも赤ん坊に俺たちの言葉が通じるわけないだろ』
私が呆れると同時に、入り口の方から低い声がした。桃恵さんと一緒に声のした方を振り向くと、そこにはいかつい翼竜のようなポケモンがいた。いつの間に入ってきた。
『もう、翔太! 水を差さないでよ! せっかく新しい妹分が出来たんだよ? 嬉しいに決まってるじゃない!』
桃恵さんは、翔太と呼ばれる翼竜に食ってかかっている。
私はと言うと、翔太さんの言葉を反芻し、ある異変にぶち当たった。
「(そういや、桃恵さんも翔太さんも喋ってる……ポケモンって、喋れないはずだよね?)」
そう。当たり前のように受け入れていたが、ポケモンが喋っている。しかし、翔太さんは、「人間に俺たちの言葉が通じるわけない」と言った。
つまり、本来ポケモンと人間は言葉を交わすことはできないということだ。そこから導き出される結論は。
「(ミュウの特典……かな?)」
ミュウは、私に3つの特典をくれると言い、私は「幸せ」のみを願った。後の2つは、ミュウがセレクトしているはず。そのうちの1つが、「ポケモンの言葉を理解する能力」なんだろう。でも……。
「(この能力は、隠した方がいいのかな……?)」
この能力、私の元いた世界に置き換えれば、「動物と話せる」ということなんだろうが、はたからみれば胡散臭いことこの上ない。下手したら狂人扱いだ。
赤ん坊でいるうちはどうやっても意思疎通ができないからいいものの、成長してからボロを出さないように気をつけなきゃ。まあ成長できるかもわからないが。
そこまで結論付けて、私は再び桃恵さんの方へ意識を向ける。ようやく翔太さんとの喧嘩が終わったらしい。
『クレア、この意地悪プテラは翔太って言うの! こいつにいじめられたらすぐに私に言ってね!』
『ルーシーの娘をいじめねーよ! 変なこと吹き込むな!』
ああ、翔太さんはプテラってポケモンなんだ。しかし、この2匹の掛け合いキレッキレだな。漫才みたい。

結局、私が空腹で泣き出して母親が部屋に駆け込んでくるまで、桃恵さんと翔太さんのコントは続いたのだった。

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