- ナノ -

プロローグ

タルパ労働区に、マナガルの咆哮が響く。明らかにこの地区に出るには強すぎるしもべ。突然の襲撃に、哨戒中だった機動兵団の団員たちは慌てふためき、交戦に住民の避難に大慌てとなった。
「くそ!強すぎる!」
「ハア、ハア……俺たちだけじゃ撃退もできない!」
マナガルと交戦する団員たちが呻く。今回の哨戒に駆り出されていたのは新人が多く、交戦しているのも実戦経験の少ない者ばかり。明らかに、機動兵団は押されていた。
プリースト隊の人間はおらず、消耗する団員たちには、ウィザード隊員の援護だけでは追いつかない。
もうダメか……団員たちが諦めかけた時だった。
一人のハンター隊員が、交戦中の団員たちに向かって叫んだ。
「みんな下がれ!」
「はあ?!そんな余裕ない!」
「『バイオレンス・プリースト』が来るぞ!」
その名を聞いた途端、団員たちの顔が青ざめる。そして、傷だらけの身体を引きずって、退避し始めた、時だった。
「おんどりゃああああああああああ!」
雄々しい叫び声と共に、一人の少女がマナガルに飛びかかった。
「オラァテメエ教会襲うたあいい度胸だなアァン?!ぶっ殺してやる!!!」
ドスの効いた罵倒と共に、マナガルをタコ殴りにする少女は、プリースト隊の制服を着ていた。
マナガルが悲鳴を上げる。退避した団員たちは顔を青くして見守っている。

「なんだ、あれ……」
一人の新人団員が、呆然としながら哀れなマナガルと、暴力少女を見つめる。すると、彼の先輩団員が近づいてきた。
「ああ、お前初めて見たか。『バイオレンス・プリースト』」
「バイオレンス・プリースト?」
「数ヶ月前にプリースト隊に入った奴なんだがな、プリーストなのにしもべを拳でボコしちまうんだよ……」
「ええ?!援護もしないのにプリースト隊にいるんですか?」
「いや、知らん間に仲間の回復もしっかりこなしてるから……」
そこで新人団員は気づく。自分の傷が治っていることに。
「治ってる……でもなんか、あの人、なんか狂気じみてません?」
「ああ。あそこまで戦えるならウォーリア隊でもいいと思うんだが、あいつ、プリースト隊以外に入る気はないんだと」
「中央教会の熱心な信者とか?」
「いや、中央教会というか……イグナーツ隊長の信者だな」


「あーた、また独断専行をしましたね?」
帝都の機動兵団の兵舎。仁王立ちのプリースト隊隊長・イグナーツの向かいで、一人の少女が正座させられている。
タルパ労働区で、マナガルをタコ殴りにした彼女は、「バイオレンス・プリースト」、本名を、イブキ・ヒャクリコウという。
イブキは口を尖らせながら弁解をした。
「プリーストとしての役割は果たしました。それに、あのままじゃあ死人が出てましたよ!」
「たしかにそうです。しかし、プリーストの本業は援護。仲間を援護し、協力して戦うべきでは?」
「人とつるむの、得意じゃなくて……」
イブキの声はどんどん小さくなり、身体も縮こまっている。聖騎士の嫌味や、仲間との連携より、イグナーツに叱られることの方が、イブキにとっては辛いことなのである。
すっかり元気をなくしてしまったイブキに、イグナーツは苦笑し、そっと彼女の頭を撫でてやる。
「あーたの実力も、やる気も、わかっています。私は、あーたに無茶をしてほしくないんですよ。わかりましたか?」
そうやって、イグナーツが優しく声を掛けてやると、イブキがゆっくりと顔を上げた。
その顔は真っ赤に染まっていて、目は見開かれている。身体が、小刻みに震えだす。
「あ、あ、あたし、あた、し……」
「イブキさん?」
「イヤアアアアアアアア隊長に頭撫でられたああああああああ!!!!!!頭ポン!頭ポン!このまま天に昇れる!!!!」
「い、イブキさん、まだ話は」
「ヒャッホーウ今日は記念日だー!!!」
イブキは興奮状態でのたうち回ったと思ったら、いきなり走って兵舎を出ていってしまった。唖然とするイグナーツを残して。
しばらくして正気に戻ったイグナーツは、重いため息をついた。
「やれやれ、彼女の手綱を握るのも一苦労です。」


百里香 伊吹は、もともとは、光の脅威のない世界で生きている女子高生だった。
変わったところがあるとすれば、喧嘩に明け暮れる不良であること。
しかし、それは彼女の本意ではなかった。
彼女はもともとオタクだったのだが、それを学校で馬鹿にされ、いじめに遭ったことが、彼女の人生を変えた。
いじめは日々激しくなり、仲の良かった友達は伊吹をあっさり見捨てた。教師は見て見ぬ振りをし、親すらも彼女のSOSを、「泣き言」だと突っぱねた。周りの人間に見捨てられた伊吹の絶望はやがて怒りに変わり、彼女は、暴力に走った。いじめっ子にやり返すことに始まり、裏切った友達、教師、両親にも暴力を振るい、怪我をさせた。
気づけば、彼女の周りには、彼女という虎の威を借る狐しか居なくなっていた。彼女も、人間を信じられなくなっていた。
そんなある日、彼女は、信号無視のトラックに轢かれ、気づいたら、瓦礫の山の側で、強い光に照らされていた。
周りの人間の話から、ここがタルパ労働区で、自分がプレイしていた禍つヴァールハイトの世界だと理解した。
しかし、理解しただけでは生きていけない。伊吹は、もともとは平和な国でぬくぬく育ってきた少女。過酷な労働区で生き抜く術など持っておらず、すぐに栄養失調で死の淵に立たされた。
そんな彼女に救いの手を差し伸べたのが、中央教会の司祭であり、機動兵団プリースト隊長のイグナーツだった。
イグナーツは、彼女に食べ物と、機動兵団に入るという選択肢を与えた。
そして、その時、親身になってくれたイグナーツに、伊吹は恋をした。
伊吹は、すぐさま機動兵団に入り、プリースト隊を志望した。
そして、入団直後、他の隊長たちと談笑するイグナーツに、土下座しながらプロポーズをしたことで、彼女は機動兵団の中でも有名人になった。しかも、プリーストのくせに敵に突っ込んで敵をタコ殴りにする姿から、「イグナーツの狂犬」だの「バイオレンス・プリースト」だの「バーサーク・ラヴァー」だのと、女子としては不名誉なあだ名をつけられて、今に至る。

イブキがスキップをしてメタルテクニカ社の廊下を歩く姿を、社員がギョッとした顔で見る。
そんな視線を気にすることなく、イブキは、クエストを受けにいくのだった。

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