- ナノ -

命名


部屋は、綺麗に片付いた、割と広い部屋だった。ベッドと、通路を挟んで向かい合うように置かれたテレビ。クローゼット、書き物用の机と椅子、鏡台、そして、部屋の奥にはユニットバス。その向かいには簡易キッチンと冷蔵庫。至れり尽くせりだ。
荷物をその辺に置いた後、私はテレビの電源を入れて、ベッドに腰掛けた。
ポケモン世界ならではの道具や番組のCMが次々と流れていき、ここはやっぱり異世界なのだと突きつけられている気分になった。
しばらくぼんやりとテレビを眺めていると、画面が切り替わり、穏やかそうなお爺さんがテレビに映った。
〈皆さんこんにちは。姓名判断のお時間です。〉
お爺さんが話し始めて、私はゲーム内の出来事を思い出す。確か、ホウエン地方だと、カイナシティに姓名判断師の家があり、そこでポケモンのニックネームを変えると、民家のテレビやマルチナビで、ニックネームが紹介されるのだ。
テレビでは、顔も知らない誰かの手持ちのニックネームが紹介され、お爺さんはそのニックネームの解説をしている。
それを見ながら、私はふと、いい事を思いついた。早速、ベッドに寝そべっているアブソルを見る。
「アブソルー」
『んー?』
「あんたに名前を付けていい?」
そう尋ねると、アブソルはきょとんとした顔をした。しかしすぐに、目を輝かせて、こちらに近寄ってきた。
『名前くれんの?』
「あんたがいいならね」
『もちろん! 名前って、自分だけの特別なモノだろ? それに、結月との絆の証にもなるし!』
キラキラした目でアブソルが言う。絆の証なんて言われて、悪い気はしない。
「うーん、じゃあ、ちょっと考えるよ」
『おう! かっこいい名前がいいな!』
アブソルは、私の側に寄って座り直した。彼を撫でながら、私は頭を働かせる。
色々な漢字や響きを、アブソルのイメージと照らし合わせていくが、いまいちピンとこない。
ゲームみたいに、コロコロ名前を変えたりできないだろうから、ちゃんとした名前をつけてあげたい。
と、その時、いつだったか父親が言っていたことを思い出した。

──お前の名前は、結月か、「紬」で迷ったんだよ。

「紬……」
口に出すと、「紬」という名前に込められた、様々なイメージが浮かんでくる。綺麗な響きだし、一回アブソルに感想を聞いてみよう。
「アブソル」
『名前決まったのか?』
「うん……『紬』ってどう?」
アブソルはまたきょとんとする。
『ツムギ……布や着物のことだよな?』
「そうだね。『紬』っていうのは、丈夫で高品質な着物ってイメージがあるし、私とアブソルの繋がりが、強固なものであるようにって、思ったの」
アブソルは、私をじっと見つめている。
「私の親はね、私の名前をつける時に、『結月』か「紬」で迷って、『結月』にしたんだって。『私の名前になるかもしれなかった名前』なら、絆の証になるかなあって考えた。あと、『紬』は糸を織って作るでしょ。一つ一つ、細い糸を組み合わせていく。そんな風に、あんたと一緒に、この世界で幸せを築いていきたい。そんな願いを込めて……ね」
アブソルは、私が話し終わっても、黙って私を見ていた。沈黙が部屋に落ちる。
もしかして、引いてる?
ふっとそんな考えが浮かび、私は急に恥ずかしくなった。顔が熱くなる。
「……なんてね! いやあかっこつけすぎちゃったかな! 女の子みたいな名前だし、嫌なら嫌だって言ってね!」
我ながら苦しい茶化し方だと思う。アブソル、かっこいい名前がいいって言ってたし、流石に女の子みたいな名前は嫌だよな!
なんて考えていると、アブソルが、私にずいっと顔を近づけてきた。目の前に、赤い瞳が迫る。
「……アブソル?」
『……紬!!』
「えっ?!」
アブソルが大声を出すので、思わず身体をのけぞらせる。彼の瞳は、またキラキラ輝いていた。
『いっぱい願いが込められた名前なんだな! 俺、すごく嬉しい! 結月が、俺にたくさん願いを込めて付けてくれた名前だから、俺、紬がいい!』
本当に嬉しそうに、アブソル……紬はあちこちを跳ね回る。どうやら、名前を気に入ってくれたらしい。
ここまで喜ばれると、なんだか照れ臭いが、まあ彼も嬉しそうだし、まあいいや。
「じゃあ、あんたはこれから紬ね。これからよろしくね」
『おう!』
元気に返事をする紬。やっぱり可愛い。



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