- ナノ -

彼女の様子


「そういえば、ディアナさんは今どうしているんですか?」
私は、隣を歩くダイゴさんに声をかけた。ダイゴさんが、訝しげな顔をする。
「……それを聞いて、どうするつもりだい?」
あ、これ仕返しとかしようとしてると思われてるな。
「どうもしませんよ。ただ、カミサマに気に入られた彼女が、どんな風に暮らしているか、興味があるだけです」
「……彼女を恨んでいないのかい?」
「恨みがない、と言ったら嘘になります。でも、彼女は私を巻き込もうと思って巻き込んだ訳ではないし、仕返しとかしても詮無いじゃないですか。何より仕返しするとか面倒臭いですし」
素直な気持ちを答えると、ダイゴさんはようやく表情を和らげた。仕返しするとしたらバカ神だな。彼女に仕返ししても意味がない。
そんな私の思考を知ってか知らずか、ダイゴさんは口を開いた。
「ディアナちゃんは、シンオウ地方のマサゴタウンにある、ナナカマド博士の研究所の前に倒れていた」
なるほど。研究所に拾われるというのは、王道のパターンだ。しかもあのバカ神のホームとも言える地方。まあ妥当かな。
「研究所に保護された彼女は、ナナカマド博士に、『自分は異世界から、ディアルガとパルキアに導かれてこの世界に来た』と話したんだ。ディアルガとパルキアの能力を知っていた博士は、シンオウリーグチャンピオンのシロナに連絡を取った。ボクはその時偶然シンオウリーグに出張に来ていて、シロナに同行して彼女に事情聴取をしに行ったんだ」
「導かれて、ね……」
彼女は、自分が夢小説のヒロインにでもなったつもりなんだろう。導かれて、なんて言葉、相当自分に酔ってないと出てこないぞ……。
「ボクたちが彼女に会った時、ディアナちゃんの膝の上には、色違いのロコンがいたんだ。彼女が保護された時に持っていた鞄に、ロコンのモンスターボールが入っていたんだ」
「色違い?!」
ええー。最初のポケモン付きな上色違いポケモンとか、至れり尽くせりだな。私なんかアブソルに助けてもらえなきゃ今も遭難してたぞ。なんだこの差。
「他にも鞄には、旅をするための装備……しかもかなり上等なものと、ポケモンの治療道具、トレーナーカード、大金の入った財布と空のモンスターボールが数個が入っていた」
荷物にまで格差が……。
「あと、彼女には不思議な力が三つ備わっていた。一つは、君と同じポケモンとの会話能力。パートナーらしきロコンと、仲良さげに話していたよ」
まあ会話能力は付けるよね。お約束だし。ただ、あと二つは何だろう。
「二つ目は、ポケモンの傷を癒す力。研究所に迷い込んできた傷だらけのポケモンにディアナちゃんが触れたら、傷が治ってしまった」
ぐへえ……どこのポケスペだよ。すでにお腹いっぱいなのに、まだ能力あるのか。
「そして最後。手持ちポケモンを人間にする力。彼女がロコンに触れたら、ロコンがいきなり人間の少年の姿になったから、びっくりしたよ」
「うわあ」
擬人化まで付けてきやがったよ! 夢小説の美味しいとこどりだよ本当にありがとうございました!!
「特殊能力だらけの彼女の身柄をどうするか、博士とシロナ、ボクで協議したんだけど、彼女は、旅をしてみたいと言った。『大好きなこの世界を、この目で見て回りたい』ってね」
うわあお気楽だなあ。特殊能力があるというのは、「普通」と違うということ。人間は、普通から逸脱したものを迫害する。幸い博士やシロナさん、ダイゴさんが親切だっただけで、他の人がどうかなんてわからないのに。自分が危険だってわからないのか。
しかも、この様子じゃ、元いた世界に全く未練が無さそうだ。彼女には元の世界に大切なものが無かったのか。家族や友達、そういった人に二度と会えないのが、悲しくないんだろうか。私は、いきなり日常も大切な人との時間も全て奪われて、それでも這い上がろうと足掻いているのに、敷いてもらったレッドカーペットを幸せに歩くディアナさんの、何と呑気なことか。
「彼女の頼みを聞いた上で、ボクたちはリーグの力で彼女の身元を詳しく調べた。彼女がこの世界に生まれたという痕跡は一切見つからなかったが、彼女名義の銀行口座と家が見つかってね。口座には一生遊んで暮らせるくらいのお金が入っていて、家はコトブキシティの一等地に立つ豪邸だった。だから、とりあえず、コトブキシティの自宅に向かい、そこで休んでから旅を始める……ということになったんだ。で、ボクは出張から帰ってきたばかりで、トクサネの自宅に帰るところだったんだ」
「はあー……教えていただき、ありがとうございました」
ダイゴさんにお礼を言い、考える。
彼女は旅に出る。それは決定しているらしい。シンオウを巡るのか、気ままに色々な地方をふらふらするのかはわからないが、とにかく……。
「関わり合いになりたくないなあ」
思わず口から出た言葉に、ダイゴさんは苦笑した。
「確かに、現実的な結月ちゃんと、ちょっと夢見がちなところがあるディアナちゃんでは、気が合わないだろうね」
おや。優しいダイゴさんにすら、彼女は「夢見がち」だと見られているようだ。これは、彼女の旅も一筋縄ではいかないかも?
……というか、ちょっとくらい酷い目に遭え、くらいの考えを持つのくらいは、許されるよね。



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