- ナノ -

幸せとは


「どうしたい、とは?」
ダイゴさんの問いかけに、私は質問を返した。私がどうなろうと、この人には関係ないはずだ。
「行く宛もない女の子を、放ってはおけないよ。君が望むなら、近くの街の孤児院や養護施設に口利きすることもできる。ボク、自慢ではないけど権力はあるから。君の望む形で、サポートするよ」
「ダイゴさん……」
ダイゴさんは優しい人だ。初対面の私を憐んで、助けようとしてくれている。しかし、私はダイゴさんの優しい目が、少し不愉快だった。
ポケモンの世界の人たちは優しいのだろう。孤児院に行けば、少なくとも成人するまではこの世界の行政に守られて、周りも私を憐んでくれるのだろう。
でも、憐む方は善意でも、憐まれる方がいかに惨めか、私は知っている。
『結月……』
アブソルが私の顔を覗きこんできた。不安そうな赤い瞳に、私のしかめっ面が映った。
養護施設に行けば、この優しいアブソルともお別れ。ひとりぼっちで、憐まれながら生きていかなければならない。

── そんなの、私の望む幸せではない。

憐まれるのを我慢しながら、努力して幸せを掴む人だっている。そういう人は偉大なのだろう。だけど、私にはそんなの耐えられない。
どうせなら、思いっきりこの世界を満喫しながら幸せを掴んでやろうじゃないか。だって、忌々しい経緯でこの世界に来たにしろ、ポケモンは好きなんだから!
「ダイゴさん」
「うん」
「私は孤児院に行くより、旅がしたいです」
ダイゴさんが真っ直ぐにこちらを見る。
「旅、かい?」
「はい、旅をして、世界を見てみたいです。周りに憐まれて生きるより、自分の足で立って歩きたい」
私がそういうと、ダイゴさんははっとした顔をした。
「ボクは君を可哀想な被害者だと決めつけていたね。確かに、そうやって憐まれることは不愉快だよね。すまない」
ダイゴさんが頭を下げてきて、私は慌ててしまった。
「あ、いえ、すみません! 失礼でしたよね! ダイゴさんは善意で言ってくれてたのに!」
「いや、いいんだ。君が正しいよ。しかし、無理矢理連れてこられたのに、随分前向きだね」
「向こうの世界では、ポケモンはゲームの中の存在でした。でも私は、向こうの世界に居た時から、ポケモンが好きでしたから。折角なら、この世界を楽しまなきゃ損でしょう? 幸せになって、ディアルガとパルキアを見返してやりたいし」
そこまで言うと、アブソルは嬉しそうな顔をするし、ダイゴさんはなんか笑い出した。
「ふっ…あはははは! いいね! 君は、理不尽に立ち向かう強い気持ちを持っているんだね! わかった! 君が楽しく旅をできるようにサポートしよう!」
言葉の後に、ダイゴさんの白い手が差し出される。私は、ちょっとゴツゴツした男の人の手を握り、固い握手を交わした。
「ありがとうございます、ダイゴさん!」



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