- ナノ -
▼始まり

「なんで…なんで私じゃなくてアンタなのよ!」










それみたことか。やっぱりあの人と僕は釣り合わない。
僕の頭の中に、そんな声が聞こえた。
「なんでアンタみたいな、地味な男が…私の方が、いいに決まってるのに…」
僕の目の前の女の人は、怒りに顔を歪ませ、涙を流しながら喚いている。この人の言う「あの人」とは、太宰さんのことである。
デートでショッピングモールに来た僕と太宰さん。太宰さんは、お手洗いに行くと言ってふらふら消えてしまい、僕はフロアの入り口である階段の脇で待っていたら、女の人がいきなり叫びながら近づいて来て、今に至る。多分、太宰さんに誑かされた被害者の一人だろう。あの人は割とその辺だらしなかったから。
女の人が僕に罵詈雑言を投げつけてくるが、一通りの罵声は孤児院で聞いているので聞き流す。野次馬も集まってきたが知らぬふりをする。それに、この女の人の気持ちもわかるのだ。とんでもないろくでなしだと知りながら、太宰さんに惚れてしまった者同士だから。太宰さんはろくでなしな以上に、魅力的な人で、僕なんかが釣り合う訳がないことを、自覚しているから。そんなことを考えていたら、僕の耳に聞き捨てならない言葉が飛び込んで来た。
「あの人は私のモノなのに…!なんで、なんで…」
今、この人は、太宰さんを、『モノ』と言った?
好きな人を『モノ』呼ばわりできるのか?
いや、違う。この人、自分のことしか考えてないんだ…!
思考がそこに行き着いた途端、僕の怒りに火がついた。
「ちょっと待ってください!太宰さんは『モノ』じゃない!」
気づけば僕は叫んでいた。怒りで異能が発動してしまいそうだ。まあ、社長の異能があるからそんなこと不可能なんだけど。
「人を…それも自分の好きなはずの人をなんでモノ扱いできるんですか!?他人はあなたの好きにしていい所有物なんですか!?」
僕は怒りのまま叫び続ける。すると、女の人は顔を真っ赤にした。
「うるさいうるさいうるさい!!アンタなんかにあの人は渡さない!あの人は私だけのモノでなくちゃいけないの!!」
ーーードンッ。
胸部に軽い衝撃を感じ、突き飛ばされたとわかった時には、僕の身体はもう宙に浮いていた。そういやここ階段の前だった。
スローモーションになる世界の中で、視界の端に、人混みをかき分けてこちらに向かってくる太宰さんが見えたが、すぐに見えなくなって。
「敦君!!」
絶望したような太宰さんの叫び声の直後、身体に強い衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。



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