巫女戦士が行く!
- ナノ -

「じゃあね、春音!」
「ばいばーい!」



日が少しずつ西へと傾いていく午後の空の下、私は清光と安定に手を振って、二人と別れた。
高校に入って初めての授業は、ほとんどが科目担当の先生たちの自己紹介で終わり、勉強は少しだけだった。しかし、その少しだけの勉強でも新しい言葉や用語がてんこ盛りなので、気は抜けそうにない。ちなみに、私は勉強より運動の方が得意なタイプである。
明日からの各科目からの新しい言葉や用語の猛攻を想像しながら溜息をついていると、三条神社の鳥居が見えて来た。石切丸さん、今頃何してるかな。
「…ん?」
そんなことを考えていた私だが、異変に気づいた。
「え?車?」
鳥居の前に、車が止まっている。しかも、絵に描いたような黒塗りの高級そうな車だ。え、なんでこんな車が三条神社に?ていうか、黒塗りの高級車なんてなんかヤバそうな臭いしかしない。もしかして、石切丸さんピンチだったりして!?
どんどん悪い方向に思考が傾いていく。それと同時に、黒塗りの高級車の持ち主についても気になってくる。いや、黒塗りの高級車が誰の持ち物だろうが関係ないだろ、そもそも石切丸さんが高級車の持ち主に絡まれてピンチとか何妄想してんだ、ドラマの見過ぎだ大概にしとけ、ピンチだとして私が行って何ができる、などと念じて気持ちを抑えようとするが…。
「…ちょっと、だけ…。」
好奇心に負けた。
私は、特に意味は無いが抜き足差し足で石段を登り始めた。



石段をこそこそと登り、神社を見渡す。すると、社務所の前に石切丸さんが見えた。それともう一人、こちらに背を向けていて顔は分からないが、背の高い人物がいる。着ている服はスーツだろうか。二人で何か話しているようで、こちらには気づいていない。その辺に生えてる木の陰に隠れながら、こそこそと二人に近づいていく、が…。

ーーーざりっ。

二人までの距離がだいぶ縮まってきたところで、砂利を踏んで音を立ててしまった。あ、石切丸さんがこっちに気づいて…目が、合った。
「…春音さん?」
石切丸さんが呟くとほぼ同時に、もう一人の人が振り向いた。
「おや、参拝者か」
穏やかなその人の声を聞きながら、私は固まってしまっていた。石切丸さんに見つかったこともそうだが、もう一人の人が意外すぎたのだ。
さらさらな黒髪に金色の飾り紐。
夜空を写したような切れ長の瞳。
そして、優美な微笑み。
まるで芸術品の様な美しさを持つその人は、近頃毎日のようにテレビで見かける人だった。
「三日月…宗近…?」
そう、日本に住まう女なら誰もが憧れるだろうとまで言われる美貌を持つ彼の名は、三日月宗近。今をときめくイケメン俳優だ。
ふと見ると、石切丸さんが頭を抱えていた。
「あー…バレてしまったか…」
そして、私は。
「えぇーーーーーーーーーッ!?」
叫ぶしかなかった。鳥が羽ばたいて逃げていく音が、遠くに聞こえた。









「えーっと、何から説明しようかな…。」
三日月さんと共に社務所の中に連行された私の目の前で、石切丸さんが困った顔をしていた。ちなみに、三日月さんは優雅にお茶を啜っている。
「…とりあえず、春音さんは参拝に来てくれたのかな?」
「あ、えっと、鳥居の前にいかにもな高級車が止まってて、ちょっと気になっちゃって…なんか、ごめんなさい…」
嘘を吐ける雰囲気では無いので、素直に白状する。石切丸さんは苦笑いした。
「いや、春音さんが謝ることはないよ。それより…」
石切丸さんは、じとりと三日月さんを睨んだ。
「…宗近。だから私はあれほど言ったよね、車を鳥居の前に置くなと。」
「この神社には駐車場が無いではないか」
三日月さんは悪びれた様子もなく言ってのけた。結構マイペースな人なのかな。
「あの、不躾な質問で申し訳ないのですが、三日月…さんと石切丸さんって、お友達なんですか?」
ついでに気になっていたことも聞いてみる。すると、三日月さんが口を開いた。
「いや、遠い親戚といったところだ。まあ長い付き合いではあるがな」
「宗近!」
石切丸さんの鋭い声。私はびびったが、三日月さんは気にした風もなく、
「よく考えてみろ石切丸、俺たちが巻き込んだのだ。このまま帰してはこの子がかわいそうだろう。」
と言った。石切丸さんは渋々と言った感じに黙る。
「え、あの、ごめんなさい…」
「気にすることはない。」
悪いことをしてしまったみたいで、縮こまる私の肩を、三日月さんが叩く。それを見ていた石切丸さんが、こちらを向いた。
「…春音さん。」
「あ、はい」
「宗近がここに遊びに来ていることは、どうか秘密にしておいて欲しい。このことがバレたら、神社にファンが詰めかけて収拾がつかなくなるし、宗近のプライベートにも支障が出る。頼むよ。」
そういって、石切丸さんは頭を下げた。
「え…いやいやいやいや!言いふらしてやろうなんて思ってませんよ!大丈夫です!誰にも言いません!!顔を上げてください!」
憧れの人に頭を下げさせてしまった。私は恥ずかしさでいっぱいになって、早口で否定した。それでも石切丸さんには伝わったようだ。顔を上げた石切丸さんは、安心した表情をしていた。
「良かった…約束だよ?」
そして石切丸さんは、小指を私の方に差し出した。
え、まさかこれは、指切り?
私も恐る恐る小指を差し出し、石切丸さんのそれに絡ませた。うわあ、私今石切丸さんに触れてる!
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った!」
石切丸さんは軽やかに歌って小指を離した。私の緊張などなんのその。というか指切りで約束を守るって思われてるあたり、私は子ども扱いされてる?
「さ、春音さんはそろそろ家に帰った方がいいね。親御さんが心配するよ。」
しかし子ども扱いしないでなんて言えず、結局私は石段のところまで三日月さんと石切丸さんに送られて、家路につくことになった。






石段を下っていく少女の姿を見ながら、石切丸は呟く。
「でもまあ、噂が広がるのは時間の問題かな。宗近、しばらくここには来れないね。」
そういう石切丸に、宗近は不思議そうな顔をした。
「しかし、誰にも言わぬとあの子と約束したではないか。」
「あの年頃の子だ。興奮してつい口が滑ってしまうだろうさ。それが家族か、親しい友達かはわからないけどね」
「そうか…俺には、あの子がお前との約束を破るとは思えんがな。」
「え、どうして?」
意味深に笑う宗近に、今度は石切丸が不思議そうな顔をした。それを見た宗近は、呆れ顔になる。
「鈍いなあ、お前も」
「なんの話だい?」
どうやら本気でわかっていない様子の石切丸に、宗近は、「お前も罪な男だな」と言うのであった。










夜。晩御飯を食べ終えた私は、自室のベッドに腰掛け、石切丸さんと指切りした小指を見つめていた。石切丸さん(と三日月さん)との秘密ができてしまった。好きな人に、少しだけ近づけた気がして、嬉しさがこみ上げる。
「えへへ…」
それにしても、三日月さんと石切丸さん、二人並ぶと壮観だったなあ。二人ともイケメンだからなあ。あ、でも、三日月さんの、どこか冷たさを感じる作り物じみた美しさより、石切丸さんの温かみのある雰囲気の方が好きだ。
にやにやしながらベッドに転がる。今日はいいことあって良かった!