- ナノ -




事情説明


「ひぐっ…うっ…あ、その…っ申し訳、ありま、っせん…グズン…」



しばらくわんわん泣いて落ち着いたのか、ゴヨウさんは私の小さい胸から顔を離し、はっとしたような顔で謝った。
ただでさえ泣いて真っ赤っかになっていた顔が余計赤くなる。かわいい。

「あ、いえ、大丈夫です。大変でしたよね。」
「…?」

そこでゴヨウさんは首をこてんと傾げた。かわいい。

「私がどんな目にあったか、あなたは知っているんですか?あと、ここはどこですか?私は、ここに来るまでを覚えていません」

不安げな瞳。まあ、混乱するのも頷ける。まずは事情説明からするべきだよね。

「そのことで大切なお話があります。ここじゃなんなので、リビングに行きましょう。」

私はいまだ不安げなゴヨウさんの手を引き、リビングへと向かったのだった。


☆☆☆


「粗茶ですが…」
「あ、ありがとうございます」

温かい緑茶をゴヨウさんに出して、私はゴヨウさんに向かい合う形で座った。
ゴヨウさんは湯のみに手を伸ばし、はっとしたような顔をして手を引っ込めた。

「大丈夫。触れますよ。」

私が言うと、ゴヨウさんは恐る恐る湯のみに手を伸ばし、握った。
その瞬間、ゴヨウさんはまた泣きそうな顔をして目を潤ませたが、すぐに眼鏡を外して乱暴に目を拭った。赤くなりますよ、と軽く注意し、ゴヨウさんが一息つくのを見守る。

ゴヨウさんがお茶を一口飲み、落ち着いたところで、口を開く。

「えっと、自己紹介がまだでしたね。私は大道 豊。豊って呼んでください。」
「あ、はい、私はゴヨウと申します。あなたは私をご存知なんですね。」
「ええ、で、今の状況をお話しようと思うんですが、いいですか?」
「はい…」


ゴヨウさんの返事を聞いて、私は知っていることを全て話した。

アルセウスに会ったこと。

ゴヨウさんの陥った状況について。

元の生活に戻るには、少し面倒な手順を踏むことになるということ。

私はゴヨウさんの保護を任されたということ。

そして、ここは異世界で、ポケモンは架空の存在であること。


全部全部、話した。



「…と、いうことです。」
「はあ…」
「信じられないかもしれないけど、全て事実です。」
「でも、現に信じられないようなことが私に起こったんです。信じるほかないでしょう」

ゴヨウさんは自嘲するように吐き捨てた。

「ところで、」
「はい?」

ゴヨウさんは私をまっすぐ見て、口を開いた。


「あなたは私を保護することで、何かメリットがあるんですか?」
「え…?」
「ですから、メリットはあるかと聞いているんです。あなたから聞いた話だと、あなたはアルセウスから報酬を提示されたということでもなさそうだし、それに、この世界は私の世界の常識が通用しないようなので、着の身着のままの私が返せるものは無いに等しい。それでもあなたが私を保護する理由はなんなんですか?」

さっきから思っていたが、ここにいるゴヨウさんは随分卑屈な物言いをする。ゲームでは自信に溢れていたのに。今は周りにあるもの全てに怯えているようだ。
しかし…まさかメリットなんて話になるとは思わなかったよ。

「ゴヨウさん、私は、ゲーム越しに見るあなたが大好きでした。まあ要するに、あなたのファンです。今この瞬間もあなたが大好きです。だから、不謹慎かもしれないけど、この状況が少し楽しいんです。大好きな人の力になれるんですから!」
「…。」
「それに、大好きな人じゃなくても、困ってる人がそこにいて、助けられる人が自分しかいないんなら助けるしかないじゃないですか!ほら、よくいうでしょう?『困った時はお互い様』って!人助けにいちいちメリットを求めてたらキリがありませんよ!」

私は思っていることを全部正直に話した。『困った時はお互い様』、いい言葉だよね。
私がどこまでゴヨウさんの力になれるかはわからないけど、私にできることを精いっぱいやれば、きっとそれであとはどうにでもなる。そう思ってる。

すると、ゴヨウさんがいきなり噴き出した。

「…?」
「っ…すみません…っ!…あなたは、いい人なんですね。お人好しって言ってもいいくらい」
「悪い人よりはましでしょう」
「フフ…そうですね。では、私はあなたを信じてみようと思います。」

その言葉は、私を感動させるには十分なものだった。大好きな人に信じてみようっていわれて、嬉しくない人がいるはずがない。

「はい…よろしく!」

私とゴヨウさんは、がっちりと握手をして…


ぐぅ〜


「…え?」

かあっ、と、顔に熱が集まる。

「あああごめんなさい!お腹減っちゃった!そろそろ晩御飯の支度しなきゃ!ゴヨウさん、ちょっと待っててください!ゆっくりしててくださいね!」
「え、ちょ、」

ノンストップで言い切って台所へ避難する。
困惑したゴヨウさんの声は、さっきよりずっと穏やかだった気がした。


[目次]