- ナノ -




決意と涙


「え、これは?」
『ゴヨウそのものさ。ここに運ぶにあたって、少し姿を返させてもらった。』
「へ、へえ…」


紫色の温かい光を凝視する。


『実は、成り代わられた時に、ゴヨウは、ここのような、君の世界と我らの世界の狭間…しかも我らの世界にかなり近い位置に弾き飛ばされてしまってね…』
「と、いうと?」
『ゴヨウは幽霊と同じような存在になってしまったんだ。そこにいるのに誰にも気づかれないし、声も聞こえない。体はあらゆる物体をすり抜けてしまう。自分がいたはずの世界にあらゆる影響を及ぼせなくなってしまったんだ。』
「そんな…!!」
『しかも、そのせいで彼は自分が成り代わられた世界を間近で見る羽目になった。自分のいるはずの場所に、知らない誰かがいて、誰もそれに疑いを持たないのをね』
「な…!!」
『私も、喧嘩は収めたけどまさかこんなことになっているとは思わなくてね、彼の救出が遅れてしまった。悪いことをしたよ…。』


そんなの、酷すぎる。あんまりではないか。アルセウスは悪くない。それはわかる、だけど。


私が呆然としていると、アルセウスは続けた。


『で、そこで君に頼みごとがあるんだ』
「頼み、とは?」
『ゴヨウを保護して欲しい。』



What?



「え、今なんと」
『だから、君にゴヨウを保護して欲しいんだ』


…。


「どへえぇぇええぇぇぇえ!?」


私が、ゴヨウさんを、保護!?


『うん、我らの世界に『飛ばされて来た人』…ルミナというんだけど、彼女はゴヨウの存在を乗っ取ることで完全に我らの世界に定着している。無理に彼女を引き剥がしてゴヨウをもとのポジションに戻すと、世界にどんな影響が出るかわからないんだ。』
「はあ…」
『まあ、できるだけ影響が出ないように、後々君にこちらに来てて手伝ってもらうことになるんだけどね。』


今さらりとすごいこと言われたよ。将来的にトリップ確定したんだけど。

『しかし、ゴヨウを元のポジションに戻すとしても、『今のゴヨウの状態』が芳しくないんだ。日常生活に戻れないくらいに…』
「あっ…」
『まあ当然だよね。誰とも話せないし触れられない生活が一週間近く続いたんだ。精神的に磨耗しきってる。発狂しなかったのが奇跡だよ。』

アルセウスのいうとおりだ。ゴヨウさんがあまりに可哀想すぎる。


『見たところ、豊、君はいい人だし、それに、君の世界でも、ゴヨウはいなかったことになってる。その影響を受けなかったのは、君だけなんだ。君しか頼める人はいない』
「え、なんでまた私だけ?」

素直に疑問を口にすると、アルセウスは意味ありげに笑った(笑っているように見えた。)。そして言う。


『それは機会が来たら話すよ。とにかく今は、君のいる世界にゴヨウを送り込んで、君にゴヨウの精神的なリハビリを手伝ってもらいたいんだ。どうだい?やってくれるかい?』


私は考える。


しかし答えは決まりきっていた。


大好きな人が困っていて、いや大好きな人でなくても、困っている人がいて、その力になれるのが私しかいなかったら…



「やるしかないでしょ!」

アルセウスが笑う。


『ありがとう。そう言ってくれると思っていたさ。ゴヨウを…私の大切な世界の一欠片を…どうかよろしく。また何かあったら呼び出すよ。』
「うん、私でよければ、手伝う!」



すると、紫色の光がゆっくりと私に近づいてきた。
私はそれを抱きしめた。

すると、紫色の光が、いきなり、目も開けられないほど強く輝いて―――




「ふぐぉ!」


おかしな叫び声を上げて、私は飛び起きた。
私の体はベッドの上。
手元には、電源の切れたDS。


「夢…だったのかな。」


さっきまで話していたアルセウスも、草原も全部夢のように思えてくる。


うん、多分夢だよ…



ね、



そこで私は、ベッドから降りようとした体勢で固まった。



ベッドの脇の床には、紫の髪のスーツの青年が倒れている。


その姿はまさしく、



「ファーーーーーーーー!!!!?」



ゴヨウさんだからだ。


夢じゃなかったあああああ!


「…ん…。」


すると、気持ち悪い叫び声に気づいたのか、ゴヨウさんが身じろいだ。そして、ぱちりと目を開け、起き上がって、


私と、目が合った。


私もゴヨウさんも、固まったままだ。
しかし、ゴヨウさんの目が見開いていく。
そりゃそうだよな、見知らぬ女がいきなり目の前にいるんだもの。
とりあえず事情を説明しようと口を開く。


「ええーっと、あの…」


すると、ゴヨウさんはサングラス越しの目をさらに丸くした。
そして、ぽつぽつと言った。


「あ、の、あなた、は、わた、しが、わかる、ん、ですか…?」


お、綺麗な浪川ボイス。いやそんな場合じゃない。


「はい、わかりますよ。ゴヨウさん」


と、その時、


ゴヨウさんの目から、ぽろりと涙が零れ落ちた。
私はぎょっとする。

ゴヨウさんは構わず、ぼろぼろと涙を零し始めた。



「あ…ごめ、ごめ…っ…なさ…っ、…っわた、わたし…っ!」


しゃっくりあげながら話すゴヨウさん。


ああ、そうだよね。
辛かったはずだ。
なら、私に出来ることは、

「ゴヨウさん、辛かったですよね。もう大丈夫ですよ。泣いてもいいんですよ。」


するとゴヨウさんは驚いたように顔をあげ、そして、


「うっ…ああ…あああああああっ…!!」

声を上げて泣き出した。


私はただ、ゴヨウさんを抱きしめて背中をさすってあげることしか出来なかった。


[目次]