- ナノ -



平穏で不穏なモーニング


ーーー次の特集は、このニュースです。







無機質なアナウンサーの声がテレビから響く。マサコは、自宅のリビングでニュース番組をぼんやりと眺めていた。番組では、ミナモシティの学校で、小娘の嘘に踊らされて学校全体で一人の女の子を虐めていた、という卑劣な事件が取り上げられていた。どこぞの偉い専門家が「あまりにも卑劣」と憤り、アナウンサーや他のコメンテーターもそれに同調している。
「いやー、しかしすごいですね、お師匠様!」
と、明るい声がテレビの音声を遮るように響いた。そして、ぺたぺたと足音を立てながら、一人の少女が、マサコの、テーブルを挟んだ向かいの席に座った。茶髪をポニーテールにした、可愛らしい少女だ。そんな少女に、マサコは困ったような顔をした。
「ノーラちゃん…その呼び方はやめてって言ってるのに…」
「えへへ、なんと言われようと、お師匠様はお師匠様ですよ!」
ノーラと呼ばれた少女は、白い歯を見せて笑ったあと、テレビに視線を向けた。テレビでは、未だに虐めのニュースについてうだうだと討論が続いていた。
「それにしてもすごいですよお師匠様。こんな大事になっちゃって。」
「私がすごいんじゃないよ。依頼者さんが頑張ってくれただけ」
そう、このニュースで取り上げられている学校、一か月前の雨の日、ミナモシティ外れの岬でマサコに『依頼』した少女の通っていた学校だ。
「本当に、頑張ったよね。証拠集めの為とはいえ、あと一か月も虐めに耐えて」
マサコが依頼者の少女に要求したのは、『証拠集め』だった。隠しカメラやレコーダーを貸し出し、元凶の転校生が本性を露わにする場面や、生徒たちが少女を虐める場面を録画・録音した。そして、集まった証拠を、警察や教育委員会、弁護士など、然るべきところへ持ち込み、さらには、学校の放送室に忍び込んで、録音した転校生の本性を学校中に流すだけ、という寸法だ。
「でも、証拠をテレビ局にまで持ち込んだのはお師匠様じゃないですかぁ。」
「まあそうだけど。こういう時テレビ局にコネがあると便利だよね」
『ま、ここまで大事にすれば、当たり前だけど世間が依頼者様の味方につきます。依頼者様にとって一気に有利な状態になりますからね』
二人の会話に割り込んできた、第三者の声。その声は、リビングから繋がるキッチンから聞こえてきた。そして、キッチンから、エプロンをしたバリヤードが現れた。手には、二人分の朝食が乗った盆がある。今日の朝食は、トーストと目玉焼きとベーコン、サラダである。
「ジョーカーくん、ありがとう」
ジョーカーと呼ばれたこのバリヤード、マサコのパートナーである。まるで執事のように、マサコの身の回りの世話をしている。
ジョーカーは手際よく朝食をテーブルに並べていく。それを見ながら、再びノーラが口を開いた。
「しっかし笑えましたよねー!放送室ジャックのあとのお馬鹿さんたちの掌返しっぷり!一気に転校生へのリンチに発展するんですもの!んで、教室に戻ってきた依頼者さんに馴れ馴れしく絡んでいくんですからもう!」
『あそこまで厚かましいと、僕は胸糞悪い通り越して無表情になりましたけど』
「ジョーカーらしい!で、依頼者さんが『あんたたちも同類だ』って言って、虐めの証拠警察とかに渡したーって言ったら一気に顔青くして!ウケますよねー!それにしても感動的でしたよ!土下座で謝る『元』友達の頭足蹴にして、顔に唾吐き捨てた依頼者さんの姿!吹っ切れたんだなーって!それ見た馬鹿共の間抜け面が笑えて感動吹っ飛んだんですが」
「ノーラちゃんったら興奮しすぎだよ。でもまあ、復讐される側はいつも面白い表情見せてくれるよね。」
『同感です』
うんうんと頷く二人と一体。マサコは、ふとテーブルの端に置かれていた手紙を手に取った。
封筒から出てきたのは、依頼者の少女が写った写真。そして、感謝の気持ちが綴られた便箋。
手紙の内容はこうだ。
テレビでも連日報道されていることなのだが、少女の通っていた学校は小規模な学校だったので、生徒ほぼ全員が虐めに参加していた。主犯格の転校生と、暴力を振るっていた生徒はもれなく少年院にぶち込まれ、暴力こそ振るわなかったものの、私物を壊したり嘘の噂を流したり、個人情報を悪用した生徒は、慰謝料や損害賠償を請求された。学校の生徒とその家族は街の人から白い目で見られるようになった。転校生の家族に至っては、少年院にいる転校生に連絡も面会もせず、夜逃げ同然に引っ越したらしい。クズの親はクズということか。要するに捨てられたのだ、転校生は。さらに虐めに加担したクズ教師たちは全員懲戒免職で、生徒も教師もいなくなった学校は取り潰しが決まったという。そして依頼者の少女は、別の街の学校への転校が決まり、今はゆっくり身体と心を休めているとのことだ。
写真の少女は、笑っていた。写真の端にはマジックで、『ありがとう』と書かれていた。それを見てマサコは笑みを深くした。今回の依頼でも、自分にいつも課しているノルマを達成できたのだから。
「さて、みんな!朝ごはん食べよっか!んで、食べ終わったらもう一仕事!加害者全員分の顔写真と罪状、ネット上にばらまくよ!」
「わー、お師匠様ったらえげつなーい!」


こうして、復讐屋たちの朝は過ぎていく。