- ナノ -



ネメシスの囁き


「もう、疲れたよ…」





ざあざあと降る雨に打たれながら、少女はそう呟いた。
少女が立っているのは、ミナモシティの外れの岬。あと数歩歩けば、海に落ちてしまうような、岬の先端。
少女の身体は傷だらけで、瞳は虚ろだった。
なぜ、こんな状況になったのか、事の起こりは、一ヶ月前に遡る。






少女は、ミナモシティにある学校に通う、ごく普通の少女だった。変わったことがあるとするなら、学校で成績がトップだということか。まあ、トレーナーズスクールを出ても学校に通う者など、皆勉強が好きなのだが。少女は、トップの成績に驕ることなく、勉強に励み、友達と遊ぶ。そんな、ありふれた毎日を謳歌する少女だった。しかし、そんな少女の日常は、呆気なく崩された。
ある日、少女の通う学校に転校生がやってきた。派手で目立ちたがり屋な女で、成績こそ良いものの地味な容姿の少女は彼女とは距離を置いていた。が、ある日、少女はその転校生に呼び出された。そして、指定された屋上へ行くと、転校生にこう言われたのだ。
「あんたうざいのよ!ブスの癖にちょっと成績が良いからってちやほやされて!この学校で一番の人気者はあたしなの!あんたなんかいらないのよ!」
とんだ言いがかりだった。少女はただ、仲の良い友達と一緒にいただけなのに。自分が周りから尊敬されているなんて、思いもしなかったのだ。だから少女は反論した。ちやほやなどされていないと。しかし転校生は聞く耳を持たず少女を罵倒するばかり。そして、ついに転校生は動いた。
「あんたを人気者の座から突き落としてやる!」
そう叫び、転校生は隠し持っていたカッターナイフで、自分の腕を切りつけ、そして、悲鳴を上げた。悲鳴を聞きつけて集まってきた生徒たちに、転校生は嘘泣きをしながら、少女に言いがかりをつけられ、切りつけられたと。少女は否定しようとしたが、それは叶わなかった。
なぜなら、すっかり転校生を信じ込んでしまった生徒たちに、殴られ蹴られ、リンチされてしまったからだ。
それから、少女の地獄は始まった。
学校に行けば暴力、悪口の嵐。下駄箱にはゴミが詰め込まれ、机は落書きされ、私物は壊される。生徒どころか、教師すら敵になった。暴力を振るう生徒を煽る、雑用を押し付ける。中には、生徒に混じって暴力を振るう教師すらいた。
家族は少女を信じたものの、少女の心は、どんどん擦り切れていった。
それでも、少女は諦めなかった。いつか信じてくれる、その思いだけでいじめに耐え、無実を訴え続けた。しかし、誰も聞く耳を持たなかった。
そして、ついに、少女に限界が来てしまった。
少女は、死んで楽になった方がいいと思ってしまったのだ。
「もう嫌だよ、もう…」
少女の目から零れた涙が、雨粒と混じり合って頬に伝う。
そして、少女が、海に向かって足を踏み出そうとした、


その時だった。





「本当に、それでいいの?」






「え?」
突然聞こえてきた声に、少女は足を止めて振り返った。
そこには、傘をさした、少女と同い年くらいの可愛らしい女の子。
「誰…?」
「もう一度訊くよ。本当に、それでいいの?」
女の子は、笑顔を浮かべながら首を傾げた。少女はただ、女の子を見つめている。
「今ここで自殺しちゃったら、あなた、『負けを認めた』ってことになるよ?それでも、死ぬつもり?」
女の子の言葉に、少女の顔は怒りに染まった。
「…っあなたになにが分かるっていうの?!大切な人に裏切られて、毎日酷い目に遭わされて、それでも信じ続けたけど、ダメだった…そんなわたしの気持ちが、あなたにわかるわけがない!」
少女が叫ぶ。しかし、女の子は笑ったまま言った。
「わかるよ。すごくよくわかる。そういう人を、何人も見てきたもの。だからわかるよ。あなたの気持ちも、自殺なんかしちゃいけないってことも。第一、あなたにはまだ信じてくれる人がいるでしょ?あなたが死んじゃったら、その人たちは…あなたのお父さんとお母さんは、どう思うかな?」
少女は目を見開いた。少女は、自分を信じてくれる両親のことを忘れていたのだ。自分ですら忘れていたのに、なぜこの女の子が知っているのだろう。
「あなたは、誰なの…?なんで、私のことを知ってるの?」
少女は震える声で尋ねた。女の子は、少女に近づき、持っていた傘を差しかけた。
「あなたに会うにあたって、あなたのことを調べさせてもらったの。私は、言ってしまえば…『復讐屋』だから。」
少女は首を傾げる。
「復讐屋?」
「そうだよ。…で、ここからが本題。私に『依頼』すれば、真実をみんなに明かすだけでなく、あなたを貶めたお馬鹿さんたちに一矢報いることもできるけど。どうかな?このまま死ぬより、いいと思うけど。」
女の子が、少女に手を差し伸べる。少女は考える。




ーーーこのまま死んで両親を悲しませるより、復讐の方がずっといいのではないか?




そうだ、それがいい。このまま死んでいいはずがない。私がなぜ死ななければならないのか!
そこまで考えが至った少女は、虚ろだった目に光を宿し、差し伸べられた女の子の手を取った。
「あなたに、『依頼』します」
その声を聞き、女の子は笑顔を消した。
「そう。それなら、徹底的にやりましょう。」
そして、固い握手。女の子は言った。














「復讐屋マサコ、依頼を受諾しました。」