- ナノ -



罪人は気づく


勝負はあっという間に終わった。ミズホちゃんの勝利という形で。
「口ほどにも無かったわね、あのスメラギとかいう女」
カナちゃんが呆れたように言う。全くその通りだと思う。最強美少女トレーナーが聞いて呆れる。
「な…なんで、なんでよ!」
スメラギが青い顔をして呟く。私はジョーカーくんをボールから出して、こっそり指示を出した。その間にもスメラギは正気を失っていく。
「なんでなんでなんで?!あたしには神様につけてもらった補正があるのよ?!最強のはずなのに!!」
髪を振り乱し、頭を掻き毟るスメラギに、美少女の面影はない。そんな彼女を冷たく見つめていたミズホちゃんは、静かに彼女に言葉を投げかけた。
「まだ、わからないの?」
「はあ?!何が…って、そうか、あははははは…」
スメラギが急に笑い出す。そして、キッとミズホちゃんを睨み付けた。
「あんた、トリッパーね?神様から貰った力でズルしたのね?そうよ、絶対そうよ!じゃないとおかしいもの!」
うわあ、全然、『わかって』いないな。わかってはいたけど、救いようがない。ていうか、神様の力を使うのがズルなら、あんたの最強補正もズルじゃないかな…。
「神様の力に溺れるトリッパーなんて、世界を乱すだけ!生かしてはおけないわ!」
盛大なブーメランを放ちながら、スメラギがバッグから何かを取り出す。それは、ナイフだった。ミズホちゃんが目を見開く。
「マサコちゃん!やばい!」
カナちゃんが慌てて私を呼ぶ。私は、大丈夫、とだけ答えた。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」
スメラギは叫び、ナイフを構えてミズホちゃんに突進…できなかった。見えない力が、スメラギを地面に叩きつけた。
「あ…がっ…」
「ジョーカーくん、ナイス」
ジョーカーくんのサイコキネシスだ。スメラギがミズホちゃんに危害を加えそうになったら、技を出すよう指示しておいたのだ。
私は、目を見開いて震えているミズホちゃんに歩み寄る。
「もう大丈夫。怖がることないよ」
「っはい…!」
刺し殺されて、もう一度刺されそうになったのだ。怖くない訳がない。後はこの恐怖を、『怒り』に変えてやればいいだけ。私は、スメラギからナイフを取り上げて、ミズホちゃんに手渡す。
「ミズホちゃん、残念ながら、スメラギは全く反省していない。むしろ調子に乗って、あなたのことすら覚えていない。なら、ミズホちゃんだって、許さなくていいんだよ。」
「……そう、ですよね…!」
不安そうに揺れていたミズホちゃんの瞳に、激しい怒りの感情が灯った。視界の端に、駆け寄ってくるノーラちゃんとカナちゃんの姿を捉えた。
「お師匠様、そろそろ騒ぎになりますよ!」
ノーラちゃんが慌てている。そうだね、そろそろ仕上げに入らないと。
「ギラティナ!見てるよね?仕上げに入るよ!」
私の声に反応するよう、噴水の水が、ざぶん、と不自然な音を立てた。
「私は、どうすればいいの?」
カナちゃんが不安そうな顔で尋ねてくる。
「もう帰ってもらってもいいよ。カナちゃんに、私の仕事は見られたくないから…いや、見ないで。」
私が答えると、カナちゃんは固い顔で頷いた、その瞬間。

─────ザザッ。

短いノイズと共に、周りの風景が切り替わった。
「こ、こは、反転世界…?!」
地面に押さえつけられたままのスメラギが呟く。しかし、すぐに勝ちを悟った顔になり、叫んだ。
「ギラティナ!いるんでしょ!助けて!!」
その叫びに応えるかのように、ばさり、という羽音と共に、ギラティナが現れた。
「ギラティナ!こいつらがあたしをいじめるの!早くなんとか─────」
『うるさいよ。キィキィ騒がないでくれ。耳障り。』
「……えっ?」
スメラギは、自分の言葉を冷たく遮ったギラティナを、信じられないものを見るような目で見た。ギラティナは自分の味方だと思っていたらしい。甘い甘い。
ギラティナはこちらを見て、穏やかに言う。
「マサコ、ノーラ、ミズホ。よくやってくれたね。素晴らしいよ。」
「どうも。まあ仕事はしっかりやらせてもらうよ。」
「な、何…?どういうことよ!」
甲高い声で叫ぶスメラギに向き直る。
「…貴女も救いようがないね。悪いことした自覚ないのかな?」
「お師匠様ぁ、自覚あったらデカイ顔してこの世界歩いてませんよ」
「…それもそうだね。さあ、ミズホちゃん。今こそ、恨みを晴らす時だよ。」
ノーラちゃんとの掛け合いの後、私はミズホちゃんの肩を叩いた。ミズホちゃんは頷いて、一歩、また一歩とスメラギに近づいていく。そして、彼女の頭の前で、足を止めた。
「…あんたが私を覚えていなくても、私はあんたのことを片時も忘れたことはない。私を殺した、あんたを。」
冷たい声でそう告げたミズホちゃん。スメラギはハッとした顔をして言う。
「あんた…あたしが生贄にした、地味女…?!」