- ナノ -



復讐開始


『ーーー本日は、オニドリル航空の飛行機をご利用いただき、誠にありがとうございます。当便は、カロス地方行きの…』




決まり切った飛行機のアナウンスを聞き流しながら、私は座席の背もたれに身体を預けた。
ミズホちゃんがうちに来てから数週間。ミズホちゃんのトレーナースキルも上がったし、ポケモンも強くなった。私もプランをまとめ終えたので、カロス地方に出発することになったのだ。これから、ミズホちゃんを生贄にした馬鹿女を探す旅が始まる。どれくらいかかるのかは、私もわからないが、なるべくささっと見つけて始末したいな。横を見ると、ノーラちゃんとミズホちゃんは、険しい顔をしている。戦地に赴くのだから仕方ない。
「ノーラちゃん、ミズホちゃん。今から気を張り詰めたら疲れちゃうよ。カロスに着くまでは寛いでいよう。」
私が声をかけると、二人はハッとしたような顔をして、すぐに笑顔を見せてくれた。
「いつものペースを乱さない…流石お師匠様です!」
ノーラちゃんがべた褒めしてくれるが、そんな大したことじゃないと思うんだけどなあ。
「私…向こうの世界でも長時間飛行機に乗ったことなくて、それでちょっと緊張してました。」
ミズホちゃんが苦笑いで言う。
「私も向こうの世界で飛行機乗ったことないよ。空の旅を楽しもう。」
私は二人にそういうと、前を見て、離陸を待った。離陸まであと五分程だという。少し仮眠を取っても大丈夫かな。
「私少し寝るね。二人も好きに過ごしててね。」
そう言って、私は目を閉じた。




寝たり、機内食を堪能したり、機内に用意されていた雑誌を読んだりして、十と数時間が経ち、私たちは、ミアレシティの郊外にある空港に降り立った。タラップを降りてよく晴れた空を見上げると、ヤヤコマが数匹飛んでいった。
「いよいよ、始まるんですね。」
ミズホちゃんが固い声で呟いた。自分を殺した人間に会うのだ。憎くも、恐ろしくもあるだろう。
「とりあえず、ポケモンセンターで情報収集だね。」
私は出来るだけ優しく声をかけた。
「ポケモンセンター、ですか?」
「ポケモンセンターなら、色々なトレーナーが集まるので、情報が集まりやすいです。テレビもありますし、トレーナー向けの雑誌もあります。情報収集にはいい場所ですよ!」
ノーラちゃんが私の代わりに説明してくれる。私は彼女に続くように、「タクシーを捕まえようか」と言った。




数時間後、私たちはミアレシティを出るため、サウスサイドストリートを歩いていた。
スメラギの情報はすぐに集まった。彼女はよその地方で、「最強美少女トレーナー」と謳われる程には暴れ回ったらしい。ここまではギラティナからの報告にもあった。そんなスメラギがカロスに来たのは、ミズホちゃんが私たちに居場所を教えてくれた日の前日だった。それから、スメラギは私たちが準備をする数週間、キナンシティに滞在し、数日前にミアレシティにやって来たと、ニュースでやっていた。キナンシティに滞在した理由は、多分サファリかバトルハウスだろう。好みのトレーナーか色違いポケモンを漁っていたのだろう。しかし、スクープされる立場の人間は大変だ。追われている人殺しが目立ってはいけないだろう、と思うが、生贄トリッパーたちには、どうも人殺しの自覚がないらしい。たくさんそういう奴を見てきた。反吐が出る。
それはさておき、旅のペースから、まだミアレシティ周辺にいる可能性が高い。とりあえずミアレシティに繋がる道路から探そうというわけだ。
私たちは会話もなく、4番道路に出た。噴水のある、庭園のような道路だ。
美しく整備された道路を見て、ミズホちゃんが感嘆の声を上げる。仕事中でなければ、ピクニックでもしたい気分になる場所だ。そんなことを考えていた時だった。
「──────、────!!」
突然、道路に甲高い女の声が響き渡った。何を言っているかまでは聞こえないが、異常事態だと言うことはわかった。ノーラちゃんとミズホちゃんに目配せすると、二人は頷いてくれたので、三人一斉に声の方へ走り出した。




声は、4番道路のシンボル、噴水広場から聞こえていた。噴水の裏側で、なにやら二人の女性が争っているが、水の音で声がよく聞こえない。噴水広場にいるトレーナー達は、関わりたくないのか私たちが立っている方へ避難してくる。トレーナー達の流れに逆らい、噴水の裏側へ回り込む。と、
「だぁかぁらぁ、そのクレッフィを寄越せって言ってるでしょ!!」
「なんであんたにウチの子をあげなきゃいけないわけ?」
私たちと同じくらいの女の子二人が言い争って、というか、片方が片方に突っかかっている。突っかかられているのは、後ろ姿しかわからないが、金髪で、色違いのクレッフィを連れていて…ん?色違いのクレッフィ?まさか…
「カナちゃん?!」
そう、突っかかられているのは、私の友人、カナちゃんだった。やばい、早く助けないと!
「お師匠様、ストップ!」
慌てて彼女に駆け寄ろうとした私を、ノーラちゃんが止めた。ノーラちゃんは、突っかかっている子の方を指差している。なんだ?と思ってその子を見ると…
「居たぁ…」
今回のターゲット、スメラギだった。せっかくの綺麗な顔を醜く歪ませて怒鳴っている。というか早く見つかりすぎだろ。こんなにあっさり見つかったの初めてだぞ…。ミズホちゃんを振り返ると、彼女の顔は憎悪に染まっていた。今にも飛びかかっていきそうだ。ステイステイ。
「…なら、どちらが正しいかバトルで決めましょ!」
そんなことを考えていると、スメラギがなんかおっぱじめようとしている。これはいけない。私は、慌てて二人の間に割って入った。
「そのバトル、待った!」
「え?マサコちゃん?!」
カナちゃんが驚きの声を上げる。
「は?誰よアンタ。そのイタいオッドアイ女の仲間?」
スメラギが不機嫌そうに言う。カナちゃんをイタい女呼ばわりするな。私は怒鳴りつけそうになるのを堪えて、スメラギに笑顔を向けた。後ろ手で、待機していたノーラちゃんとミズホちゃんを招き寄せる。
「噂の美少女トレーナー、スメラギさん!あなたを探していたんです!」
「え?あたしを?」
スメラギが目を丸くする。私は、ノーラちゃんとミズホちゃんが隣に来たことを確認して、続ける。
「はい!スメラギさんがカロスに来たって聞いて!一度でいいから会ってみたくて!」
笑顔でそう言うと、スメラギはニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべた。
「何?あたしのファンってわけ?わかってるじゃない。まあアンタ達みたいな地味女が、輝かしいあたしに憧れるのは当然よね!」
勝手に納得して鼻高々なスメラギをぶん殴りたい。なんとか堪えて、ミズホちゃんに目配せする。彼女は前に進み出た。
「特に彼女、スメラギさんと一度バトルしたいみたいで!そこの金髪の子とバトルする前に、どうか一戦相手していただけませんか?金髪の子は、私たちが見張っとくんで!」
一気に言い切って頭を下げる。自分の方が上だと信じ切っているスメラギは、少し考えたあと、また厭な笑みを浮かべた。
「わかったわ。相手してあげる。そう時間もかからないだろうしね。」
「ありがとう、ございます…。」
憎しみを堪えながら、ミズホちゃんがボールを手に取る。スメラギもボールを持つ。私はカナちゃんとノーラちゃんを安全な場所に避難させた。
向かい合う二人を見てから、カナちゃんは私に視線を移す。
「お仕事だったのね。もう少しでターゲット、横取りしちゃうところだったわ。」
「気にしないで。それより、あとでお茶しようね。」
「あのー、私審判やりますね!」
カナちゃんと話していると、ノーラちゃんが審判に名乗り出てくれた。
「では、これより、ミズホ対スメラギの試合を開始します!使用ポケモンは6体のフルバトル。ポケモンの入れ替えは、どちらかのポケモンが瀕死になった時のみとします!それでは、試合、開始!」
ノーラちゃんの掛け声と共に、ボールが空中に放られた。
さて、どうなるかな。