私たちのパトロン 「あー…、眠い…。」 私は大あくびをしながら洗面所へ向かう。昨日は仕事で寝るのが遅くなってしまった。まだ布団の中に居たかったけど、だらしなくしてるとジョーカーくんが怒る。サイコパワーで布団から引きずり出される前に、自分でちゃんと起きるのが賢明な判断だと思う。 洗面所でバシャバシャと顔を洗って、タオルで顔を拭くと多少頭がすっきりした。さてパジャマから着替えるか、と思ったところで、私の姿を映した鏡に異変が起きた。 まるで石を投げ込んだ水面のように、鏡に映る景色がゆらゆらと揺れ出した。揺れは次第に激しくなり、鏡はもう私の姿を判別できなくなっていた。 この不思議な現象が起きるのは、「彼」が来た時だ。 私はため息をつく。揺らぐ景色を見せていた鏡の中が、ふっと暗くなった。映るのは、薄暗く不気味な、「反転世界」。 『やあマサコ。元気かい?』 「おはよう、ギラティナ」 鏡の中に現れたのは、反骨ポケモン、ギラティナ。私やノーラちゃんをこの世界にトリップさせた張本人だ。 「こんな朝っぱらから尋ねてくるなんて、マナー違反だと思うよ。こっちはまだ着替えてすらいないんだから」 『あはは、それはすまなかったね。でも、君達に仕事を斡旋したくてさ。』 「だと思った。」 雑談を済ませて、ギラティナに向き直る。ギラティナが来るのは、だいたい仕事を頼む時だ。なら私も本気にならなくちゃ。 「わかった。ちょっと待ってて、着替えてから、ノーラちゃんも連れてそっちに行くから」 『わかったよ。待ってる』 私は洗面所を出た。 「もう少し時間ってものを考えられないんでしょうかギラティナの奴。こんな朝っぱらに…」 「まあ仕方ないんじゃない。向こうは昼も夜も無いんだし」 「こちらの世界を覗けるんだから時間の判別くらいできるでしょう!」 ぶうたれるノーラちゃんを窘めて、私は洗面所に戻ってきていた。ちゃんと服も着替えた。 「ギラティナー!いいよー!」 鏡に向かって呼びかけると、ギラティナが顔を出す。 『はーい了解。じゃあいつものように鏡に手を突っ込んで!』 私はノーラちゃんと手を繋ぎ、鏡に手を伸ばす。鏡は私の手を、まるでバケツに張られた水のように受け入れた。そのままずるずると体を鏡に預けると、手の先から、引っ張ろうとする力を感じた。そして、ぐいっと引っ張られて、いつの間にか私とノーラちゃんは、反転世界にいた。 『やあいらっしゃい。朝早くにすまなかったね。』 ギラティナは紳士的に挨拶する。 「全くですよ!いつもいきなりすぎです!」 「まあまあ」 ぷりぷり怒るノーラちゃんを窘めて、ギラティナの方を向く。 「で、今回の依頼は?」 話を振ると、ギラティナはいかにも困っています、と言わんばかりに話し始めた。 『実はね、また生贄トリッパーが出たんだよ。頭のイかれた子が、通行人を刺し殺してね。』 このギラティナ、ため息をつきながら、いかにも「嘆いています」みたいな雰囲気を出しているが、実はこの状況を楽しんでいるので騙されてはいけない。彼は復讐劇大好きな悪趣味野郎だ。生贄トリッパー絡みのドロドロは彼の大好物の一つなので、依頼はだいたい予想がつく。 「で、そのかわいそうな通行人も一緒にトリップさせたと?」 『さっすがマサコ!理解が早くて助かるよ!』 「当たり前だよ。この手の依頼を何度受けたと思ってるの?」 『まあそうだよね。で、依頼だけど、そのかわいそうな通行人さんは、この世界について疎いんだよ。だから、しばらくの間、面倒を見てやって欲しい。』 「うん、そうやって言うことは予想ついてた。ポケモンに詳しい子にでさえ、復讐のイロハを叩き込む名目で私のところに送り込むんだから。」 『復讐に失敗されたら元も子もないからね。で、どう?頼めるかい?』 ギラティナが首を傾げる。本当に、この人(?)は性格が悪い。 「私が断らないって知ってて訊くの、やめてよね。」 『ははは、一応商談だからね。』 「ノーラちゃんも構わないかな?」 「お師匠様がそれでいいなら!」 ノーラちゃんは笑顔で頷く。 『じゃ、報酬はミッションが終わったら送るから。頼んだよ。今回の復讐者さんは、君の家のベッドに転送しとくから。』 「はい、受諾しました。」 そう言うと、辺りが眩しい光に包まれる。私は思わず目を閉じる。そして、光が収まると、いつの間にか洗面所に戻っている。 「はあー、しかしいつも急ですね。ギラティナ」 「まあ払いがいいし、トリップさせてくれた恩もあるし、構わないんだけどね。さて、転送されてる復讐者さんの様子を見に行きますか」「はい!…ところでギラティナ、どうやって報酬用意してるんでしょうね。」 私たちは、大切なパトロンからの仕事を完遂すべく、洗面所を出て行くのだった。 |