その3 その日も特に変わったことはなく、ダンスを見物する気分ではなかった私は、仲間から離れて一人でぼんやりしていた。 いつものように、「裏切り」という罪を犯してタルタロスに落とされ、永遠に氷付けにされた死者たちがコキュートス川を流れていくのを眺めていると、仲間たちのいる方角がやたら騒がしい。 と、仲間の一人が走ってきた。 「どうかしたの?」 「サラ、こっちに来て!挨拶して!」 仲間はかなり焦っていて、状況が全くわからない。 「挨拶って、誰に?」 と訊くと、仲間はさらに焦って言った。 「ヒュプノス様よ!ヒュプノス様がタルタロスにいらしたの!コキュートスのニンフを全員連れてこいって!」 ヒュプノス様。 仲間に手を引かれながらその名前を反芻した。 確かヒュプノスはギリシャ神話の死神の一人で、安らかな死を司る神だ。 しかし私の頭に浮かんだ「ヒュプノス様」は、白を基調としたカラーリングの可憐な女神様だった。前世でハマっていた「百神」。そこでのヒュプノス様の姿だった。 いやいやいや、そんなこと考えている時間ではない。今の私はニンフ。ヒュプノス様のような「神」は上司のような立場なのだ。私は直接神に会ったことはこれまで一度もないのだが、ただでさえギリシャ神話の神はニンフの扱いがぞんざいだ。 無礼なことをしたら何をされるかわからない。 気を引き締めていると、「ほら、挨拶して!」と仲間の声が聞こえ、仲間たちの中心にいた人の前に立たされる。 その人の顔を見た途端、時が、止まった。 back |