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――コンコン。

 アポロさんの部屋の扉をノックすると、少し間が空いてから入りなさいという声がかかった。まるで私だとわかっていたかのように。


「ただいま帰りました」
「遅かったですね……いったいどこで道草食ったんですか。あなたはキリンリキではないのですから任務が終わったらさっさと帰ってくることくらいできるでしょう」
「キリンリキは馬じゃないです、ディスってんですか」


 本当にアポロさんはデリカシーの欠片もない、私の相棒を馬扱いするだなんて。いつもいつも一言余計だ。それから私はエンジュに纏わる伝説のポケモン――ホウオウについてアポロさんに報告書を出した。実はあのエンジュ観光の途中でマツバさんに“スズの塔”なる場所へ通されたときにマツバさんが少し切なそうにホウオウについての話をしてくれたのが私には忘れられない。マツバさんはスズの塔を守る一族の末裔だとか。


「七色の見事な翼で世界の空を……飛び続ける、ですか」

 でもまあ、所詮神話でしょう。と嘲るようにアポロさんは報告書に目を通していたが一通りそれを見るとこちらにまた視線が戻ってきた。

「で、どこで油売ってたんです」
「なぜ疑われるんですか」
「そんな気がするからです」
「ちょっと道に迷っただけですって」

 アポロさんはエスパーかそれともストーカーか。どうしてこの人はまるで私が任務を真面目に遂行せずに他のことをしていたことを前提に話を進めるのだ、しっかり伝説のポケモンのことだって調べてきたではないか。実際少しだけ観光はしてきたが。
 いまだ彼は私のことを疑いの目で見つめている、そんなに整った顔で見つめるなと任務に出る前も思った気がする。


「まあ、いいです。下がりなさい」
「……まだ疑ってるでしょう」
「ええ、まあ」

 さらりとそう答えるアポロさんに若干の怒りを覚えつつ私は彼の部屋を後にした。


* * *


「ふああ、疲れたなあ」
「あ、ななしじゃねえか」
「あっラムダ様、こんばんは」
「どうしたんだそんなお疲れで」
「エンジュへ調査へ行って来てさっき帰ってきたら、アポロ様にはどこで道草食っていたんですかとか言われるし……もうくたくたですよ」
「はいはいお疲れさん」


 アポロさんへの報告を終えた後にあくびをしながら廊下を歩いていると、すれ違ったのはロケット団幹部であるラムダ様であった。彼は私の愚痴や不満を聞き入れてくれる良い上司で、他のしたっぱともランスさんとしたっぱのような堅苦しい関係はあまりないようなしたっぱから慕われる幹部だ。どこかの上司とは違い彼はいつも私の言動に反論よりも先に共感してくれる、そんなところが私は好きだ。

 今のように私がアポロさんやランスさんの愚痴を言うと、何も言わずにぽんと頭を優しく叩いてくれるもんだから本当に彼はいい男だと思う。煙草はあまり好きではないが彼の動作で起こる煙草の香りはどこか優しく心地よくも感じた。


「もう本当……私ランス様のところじゃなくてラムダ様のところに就きたかった」
「おいおい、それはランスに失礼だろ。でも俺もななしが同じ部隊だったらそれはそれで楽しかっただろうなあ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないですかラムダ様!本当あの冷酷上司にも見習ってほしいですよねえ」
「おいななし……」
「え?」

 
 ラムダ様が嬉しいことを言ってくれたものだからつい調子に乗ってランスさんの愚痴をこぼしていたら、ラムダ様の表情が突然引き攣った。その表情は私の後方を見据えたまま固まっているものだから私は後ろを向くことができなかった。


「ほう、お前はそんなに私のことが嫌いでしたか」
「げ、ランス様の声が聞こえる……」
「聞こえるのではなくて実際にここに存在しますからね、私は」
「ラムダ様!助けてください!」
「悪いななし。無理だ、またな」


 こんなときだけラムダ様は薄情者だ。ラムダ様はしばらく苦笑しながら首根っこをランスさんに引っ張られていく私に手を振っていた、その口は“ごめんな”と動いていたので私には彼を恨むことは到底出来なかった。


* * *


「で、なんですかランス様。私とラムダ様とのスイートタイムを邪魔しないでくださいよ全くもう」
「悪かったですね。あなたまだこの前言った反省文終わってないでしょう?」
「げ、今日のところは見逃して下さいよ、私本当にさっき帰ってきたばかりでもうくたくたです……」
「ダメです、いつもお前はそう言ってこの手の仕事を回避してきていましたが今回ばかりはそうはいきません」
「ランスさんのばか!れいこく!」
「はいはい、良いから仕事にかかりなさい」

 ランス様がそう言ってきかないものだから仕方なく席について反省文を書き始めた、自分でもなぜこんな反省文を書いているのか解せぬ、身に覚えのない反省文を書いたって中身は薄っぺらいものにしかならないのである。するとやっぱり集中力は続かないものでしばらく経ってから私は今日あったこと、今日会った人について思い出した。



 ――……



「君が居た塔が、昔焼け落ちたスズの塔」
「今僕らが居る塔が再建したスズの塔」

 彼は再建したスズの塔に私を通して確かにそう言っていた、その表情は、視線は私を見てはいなかったし塔を見ているわけでもなかった。ただどこか遠い一転を見つめていた気がする。

「ホウオウ、七色の見事な翼で世界の空を飛び続けるといわれるポケモンだよ」

「ホウオウはね、僕たち人間のせいでこの世界から姿を消したんだ、かつてホウオウは今は焼け落ちてしまったスズの塔に降臨して僕の祖先と接触をしていたんだ」

「でもね、ホウオウの力を狙うものとの争うによってスズの塔は今の形になってしまった、つまり失われたんだ」

「それ以来……ホウオウは人間との関わりを経っているみたいなんだ」

「僕は、――」

くしゃりと笑ったマツバさんはとっても切なそうに見えた。何故だかそれを思い出して私は胸が苦しくなった。あんなに他人に優しい彼にも心の闇が存在する、その原因はホウオウの力を狙うもの……ポケモンの力を狙うもの。それってつまり私が所属しているロケット団だって昔と同じことを繰り返そうと、いや繰り返して――「ななし、ななし」



 ああ気持ち悪い。異様な罪悪感と浮遊感に見舞われるようなそんな不快な感覚に包まれていたときに、私を簡単には寝かせてくれない冷酷上司の声でハッと現実に戻った。この時ばかりは彼に感謝をした。


「なにをしてるんですか、手が止まってますよ」
「え、あ……すいません」
「おや、どうしたのですか。ななしが素直に謝るなんて気味が悪い。明日は雪でも降るんでしょうかねえ」
「本当にアポロ様といいランス様といい揃いも揃って失礼ですね!そんなんじゃ女性にモテませんよ」
「別にモテなくてもいいです」
「そういうの開き直りって言うんですよランスさん」
「うるさいですねえ、わかりました。本当に今日は寝かせませんからね」


 本当にその日は寝かせてもらえず、ランスさんの元で延々と反省文を書かされ続けた。こんなに時間をかけて反省文を書かせるよりも他にもっとやらせるべきことがあるのではないか、この組織もよくわからないものである。しかしどう足掻いてもどんな日常を過ごそうと私たちは悪の組織である、たくさんの人の夢や希望や未来と引き換えに自分たちの夢を叶えようとしてる、私もそんな集団の一員にすぎない。




組織の行動は彼らの笑顔をひとつ奪った

夢を壊した者は夢を壊された者と笑いあう資格などないだろう

それでもわたしは、マツバさんに


(20120103)



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