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「君はどこから何をしにこんなところへ来たんだい?」

 エスパータイプのポケモンをパートナーとする私がゴーストタイプのポケモンたちに囲まれるという窮地を救ってくれた、謎の青年はそう私に尋ねる。彼の透き通るほど綺麗な瞳はまっすぐと私を捕えている、本当に“捕えられている”気分になる。なんだかくろいまなざしをされたポケモン達の気持ちがわかるような気がした、……もしやゲンガーが化けてるとか、そういう類のなにかなのか。

 そんなことよりこの状況はまずいのではないか。私は仮にもロケット団したっぱ、もしもその事実が彼に知られたとしたらこのあやしげな焼け落ちた塔に居ることそのものがまずい。私はジュンサーさんやらそのあたりの機関にお世話になってしまうのか、それからロケット団のことを洗いざらい聞かれて……そんなことになったらアポロさんに他の団員に多大な迷惑をかけてしまう。


「えっと、チョウジから観光でエンジュに来たんですが、迷ってこんなところまで来てしまって」
「へえ、ここは危ないからね。……どこへ行きたいんだい、僕が行きたいところまで案内してあげるよ。」
「そんないいですよ申し訳ないですし」

 彼は少し考え込むようにした後そう言ったものだから、すごく驚き戸惑った。塔に入るまでは多少楽しんではいたが観光だなんてロケット団員であることを隠すための全くの嘘だし、別にエンジュシティで迷っているわけでもないので案内してやると言われたことは予想もしない急展開である、どうしてこのようなことになってしまったのか。自分の浅はかな発言を恨んだ。どうやらこの気遣いからしてゲンガーが化けているとかそういうことではないようだ。


「いいからいいから、観光ってことなら僕がエンジュシティを案内でもしようか?」
「いや、本当いいですって」
「遠慮しないで、とりあえずここから出ようか」


 彼の誘いと優しさに引くにも引けず結局少しだけエンジュシティを案内してもらうことにした。アポロさん怒るだろうか……今から帰るのが怖い。まあでもたまにはいいですよね、観光を楽しみこの街を知ることでこれからのロケット団の活動にも必要な知識を得られるかもしれないし。幹部様達にお土産は買った方がいいのだろうか。* * *


 エンジュシティを案内しながら前を歩く彼はどうやらマツバさんと言う名らしい。どこかで聞いたことのある名前のような気もするが、まあ今はどうでもいいだろうと思い私は彼の話を聞き街中を彼について回っていた。


「ここがエンジュのおどりば。別名歌舞練場」
「噂では聞いたことがありますが」
「綺麗でしょ?彼女たち」


 一度見てみたいと思っていた。“ポケモンの力を歌と踊りで表現する伝統を受け継いでいる人々”――誰かが彼女らをそのように賛美していた気がする。それはそれは本当に美しかった、この踊りこそが、歌こそがきっと時代など関係なく伝えられていくものだろう。私は素直に見入っていてどれほど時がたったかはわからないが、はっと気がついた時にはマツバさんは私を特に急かすこともなく隣でじっと座って見ていてくれた。


「あ、ごめんなさい、そろそろ次案内しもらってもいいですか?」
「気にしないで、ななしちゃんが見入る気持ちもわかるよ。それじゃ行こうか。」


 そう優しさのこもった笑顔で言うものだから少しだけドキッとした。とにかく彼は本当に優しかった、私よりも幾分身長の高い彼は当然私よりも歩幅が大きいわけで。ふと振り向くと私が着いていくのがやっとだということに気がつくと、ごめんねと苦笑いしそれからは後ろを気遣いながら歩幅をあわせて歩いてくれた紳士である。こんな人が上司だったらよかったなあ。

いやでももしかして仕事となると性格が急変したり……でもランスさんが普段こんな性格などということは絶対に有り得ないから、逆もまた有り得ないのだろう。我ながら甘い考えではあるが。


「……ななしちゃん」
「はい、なんですか」
「おなか、へってない?」
 
 ぐだぐだと私の自称冷酷上司のことを考えていると、彼は立ち止まり私にそう尋ねた。そうえば彼の観光案内に夢中で全く気がつかなかったがもう時刻は正午をとっくに回りポケギアの時刻表示は三時少し過ぎを示していた。確かにおなかはすいている。


「ううん、さすがに今からランチって訳にもいかないからどうだい?抹茶パフェとか食べたくないかい?」
「……!たべたいです」
「ふふ、じゃあ行こうか」


私がすかさず答えた時あまり表情は読み取れなかったが彼は少し驚いた顔をした気がする。多分さっきから今までに見せなかった笑顔とか、元気の良い返事に驚いたのだろう。だってスイーツ大好きなんですもの。


* * *

「そうえばななしちゃんは普段何をしてるの?」

 ぎくり。それは一番聞いてはいけない質問というか聞かれたくない質問でしたよマツバさん。うむむ……旅人、というのも違和感があるだろう。旅人がエンジュシティなどに来た時には観光などしていないでまず真っ先にジム戦へと行くだろう。もし仮に私が答えたとして今からジムに連れて行かれたり今日はポケモンセンターに泊って明日ジムへ案内しよう等ということを彼なら言ったりしかねない。

「なんていうか、便利屋さんの雇われ人ですかね」
「へえ……!便利屋さんねえ、どんな仕事を?」
「迷子のニャースを探したり一日だけポケモン預かったりとか……」

 私はまたこの人に嘘をついてしまった。なんだか最初についた嘘よりもとても心がもやもやするのはマツバさんの今までの優しさと今現在私を見つめる好奇心に満ちた真剣なまなざしからだろうか。

「そっか、なんだか面白そうだね」
「いやあ。そんなことないですよ……上司がもう人使い荒くって今日はちょっと息抜きでエンジュに来たんですよ」
「上司か、僕はよくその気持ちはわからないなごめんね」

 なぜマツバさんが謝るのかなんだかこっちまで申し訳ない気持ちになってしまう。それもこれも毎日毎日私をアジトの外へと追い出す最高幹部や、私の華麗なデスクワークに毎日ケチをつけてくる自称冷酷上司達のせいだ。しかしマツバさんは上司が居ないなんて一体どんな仕事をしているのか、少し気になるけど知ったところでどうにもならないだろう。

 
「マツバさんみたいな人が上司だったらよかったなあ」
「それはどういう意味だい?」
「だって今日一日マツバさんが居るおかげで充実できましたし、マツバさん優しくっていままでの仕事の疲れ癒されちゃいましたよ」
「それはそれは。僕も案内した甲斐があったよ」


 そんな談笑をしていると、いままでだんまりだった私のポケギアが軽快な電子音を響かせた。ちょっと失礼しますとマツバさんに断り画面を確認するとそこに映し出された文字は先ほどまで話題に出ていた上司アポロの名であった。今日はそこまでにして早く帰ってきなさいという旨のメールであった、マツバさんとさよならしなくてはならないのか……アポロさんにはもうちょっと空気を読んでほしいなあ。

「すみません、私そろそろ帰らなきゃいけないみたいです」
「え、それは残念だね。帰り道のところまで送って行くよ」
「もういいですよマツバさん、充分案内してもらいましたから!」
「一度君を案内すると決めたのだから最後まで案内させてくれないか。案内ってほどでもないけどね」

 そう言って聞かないマツバさんは42番道路のところまで私を見送ってくれた、たった一日一緒に過ごしただけでこんなにも別れるのが名残惜しかったのははじめてだ。多分彼とはまた会える気がする。会えなかったら会えなかったでそれもまた運命だろうってことにしておこう、なんかロマンチックだから。ちょっとこういう展開に憧れてた。


「良いところだったでしょ?エンジュシティ」
「ええ、とても。今日は本当にありがとうございました、マツバさんのおかげでとても楽しい休暇を過ごせました」
「またおいでよ、待ってるから」

 
彼に例の笑顔で言われてしまったらやっぱり少しドキッとする。マツバさんってモテそうだなあとか思いつつ自転車に乗って私はアジトへ向かった。その途中で若干当初の目的というか任務を忘れていたことを思い出し冷や汗だくだくで帰ったのはまた別の話である。

(20111230)



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