リクエスト | ナノ

▼ (前編)
箱根学園一のお人好し、佐藤しおりの彼氏はナルシストである。
しかもただのナルシストではない。重度なやつだ。暇さえあれば昼夜を問わず何時間でも美しい自分を鏡に映しているし、駅内のショップウィンドウに映り込んだ自分にうっとりと見とれることもある。ファンに「指差すやつやって!」とリクエストされれば喜々として応えるし、週に一度は自分のファンクラブの会員達との交流会と称してお茶会などをしているらしい。

死ぬほど自分が大好きで、そんな自分を好きな女の子も大好き。その結果モテない男たちに逆恨みされてどれだけ痛い目を見ようが、本人は自粛することもなく変わらず自信満々に胸を張っているという、とても稀有な人だった。

彼の性格を言葉で表すならば、『カッコよさのために生きていて、誰にでも分け隔てなく自分をアピールしてくる、痛い人』……ああ、やっぱり『ナルシスト』だ。

そんな彼が高校で入部した自転車競技部。よくウザがられる彼の異常なまでの自己愛にも素直に感心し心から褒めてくれるひとつ年上のマネージャーの先輩に心惹かれ、恋に落ちたのは、たぶん当然の流れだったのだ。






「キャー!東堂くーん!こっち向いてー!」

今日も東堂はファンの女の子たちに囲まれていた。
写真を頼まれれば最高に美しい角度でポーズを決める。握手や多少のボディータッチにも快く応じて、ファンサービスの限りを尽くしていた。

そんな彼に彼女が出来たという噂が広まった時は、それはもう箱根中の女の子たちが絶叫したものだ。けれど、彼女持ちでも変わらず自分たちに甘い笑みを向けてくれる東堂に、『私達への責務を果たしてくれるなら彼女がいても良い』とのたまうファンクラブ会員たちも少なくはない。

東堂を中心とした実に華々しくも、少々うるさいとも言える光景。それを遠くから見つめるのは、自転車競技部の一年生代表である泉田と、彼にその日の部活のメニューを伝えに来ていたしおりであった。

何故二年である彼がわざわざ階の違う一年の廊下で女の子たちと戯れているかと言えば、しおりの付き添いで下の階まで降りてきて、彼女が用を済ますまでの短い間であっという間に囲まれてしまったからだ。

たとえ一年生と言えども、学園一のモテ男、東堂尽八を前にすれば彼女たちの中の『遠慮』という言葉はあっという間になりを潜めてしまう。それが彼の恋人の前であっても、だ。
東堂とファンたちとの距離は、遠目に見ていても近すぎるように見えた。腕を絡め、頬を寄せ合っている彼らの様子に、泉田は自分は悪いことなど何もしていないというのに、彼女にそれを見せてしまっているというこの状況に、いたたまれない気持ちでいっぱいだった。

部活のメニューに関する連絡事項はもう伝えてもらった。これ以上身内の恥を晒して不快な思いをさせるまいと、彼女にクラスに戻るように勧めようとすれば、彼女はそんな後輩からの気遣いに気が付きもせず、酷くのほほんとした声で言った。

「東堂くん、相変わらずモテるねえ。格好いいもんねえ」

そこには、自分の彼氏が自分以外の女性と楽しそうにじゃれあっていることへの嫉妬の念など一切感じられない。ただ本当に、自分の彼氏が格好良くて、モテることが嬉しいという風な表情をしていた。

「……怒ったりは、しないんですか」

思わず口から出た疑問に、微笑んだままだった彼女がきょとんとして泉田の方に視線をやった。それは『どうしてそんなことを言うのか?』と本気で問いかけてくる目だが、『どうして』などこちらのセリフだった。
恋愛に疎い泉田でも、彼と彼女の状況が常軌を逸したものだということを理解できる。もし自分が彼女の立場だったなら、異性に囲まれて嬉しそうにしている恋人をあの集団の中から無理矢理にでも引っ張り出して、相手が反省するまでトツトツと説教をすることだろう。

なのに彼女はそれをしない。それどころか、女性たちに囲まれる恋人の姿を誇らしげな顔で見つめているのだった。

その時、東堂がパッとしおりたちの方に顔を向けて手を振ってきた。それに笑顔で応えるしおりとは逆に、隣の泉田の表情は硬い。
そんな泉田の様子に、しおりはくすくすと小さく笑ってこっそりと、泉田にだけ聞こえる声で囁いた。

「東堂くんねえ、すごく努力家なの」

まあ、それはそうだろう。彼は他校のクライマーに勝つために日々回している人だから、努力しないと勝てない。
それでも泉田は部活中に彼ががむしゃらに練習しているところは見たことがなかった。むしろその言葉が似合うのは彼の同期の荒北の方で、東堂に関してはいつもサラリと勝利を勝ち取っていくイメージだった。
生まれ持ったクライマーの才能を見せつけるような堂々とした姿は、優雅で壮大で、まさに山神という二つ名にふさわしい。

……それでも恋人の前でこの態度はありえないけど。

失礼ながら不愉快を顔面に貼り付けて自分の気持ちを素直に吐き出せば、しおりは困ったように笑って「違うの」とそれをやんわりと否定して東堂を庇った。

「東堂くんって自分が誰かの『憧れ』であり続けるために努力するの。その為に影で死ぬほど努力して、でもそんな事皆に知られたら恥ずかしいから、格好いい自分だけ見せるの」

――私以外には。

最後のセリフに、泉田が思わず目を見張る。いつも自惚れも嫉妬も見せないしおりが急に惚気けたのが信じられなかったのだ。
しかし彼女も惚気けなれていないのか、じわじわと頬を桜色に染めながら口元に人差し指をあてて「これ内緒ね」とはにかんで見せた。

つまり彼女は東堂の努力の軌跡を見ているということだ。格好良くあるために。誰かの憧れであるために努力する等身大の姿を。
だから彼女はこんなにも寛容なのか、と少し納得はしたが、それでも恋人の前で他の女性に囲まれて嬉しそうにしている東堂をかばう気はないので口に出して肯定はしなかった。


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