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▼ カワイイの定義
男子寮は男の園だ。
『男子寮』と名がつくのだから当たり前だが、右を見ても左を見ても、そこにいるのはむさくるしい男たちである。

同じ敷地内にある女子寮は『近くを通るだけでいい匂いがする気がする』だとか『男子寮と同じ構造なのに綺麗に見える』なんて随分と夢を持たれているようだが、男子寮においてはおおよそ世間一般が考えるイメージ通りのところだと言っても良いだろう。

彼らはそこで、大いに騒ぎ、食らい、謳い、眠る。
男だらけだからこそ出来る馬鹿騒ぎが、毎朝毎晩繰り返される。男子寮とはそんな環境なのであった。

年頃の彼らが考えることといえば、一に女の子のこと、二も女の子のこと、三も四も女の子のことで、五番目くらいにやっと部活や勉学のことが来ると言っても過言ではない。

噂や恋の話といえば女子の専売特許のように思われているようだが、今日日、そういう話が好きなのは何も女子だけではないのである。

夜な夜な互いの部屋やロビーに集まっては、学校やテレビで見た可愛い異性の話をつまみにジュースを飲む。なんとも健康的な日々だ。
教室では恋愛になど興味がありませんとばかりにすましている男たちも、着飾る必要のないここでは、酷く素直だった。

そして今宵も例に漏れず。
箱根学園男子寮のロビーは『学園のカワイイ女の子』の話題で持ちきりになっている。



最初は全く関係ない、新発売の炭酸飲料水の話をしていたはずだった。しかし、味の話からいつの間にかそのCMに出ている新人アイドルが可愛いという話になり、その子が2年の誰某に似ているという話が出て、ついには定番の『身近のカワイイ女子』の話題へと議論が移ったのだった。

「やっぱA組のあの子じゃね?大人しめだけど顔メッチャ整ってんの」
「うーん、それよりC組のバスケ部だな」
「オレもバスケ部に一票!」

あの子とどこにデートに行きたいだ、こんなことをしてもらいたいだと、彼らは嬉々として彼女らとの恋人生活についてを語り、妄想に花を咲かせる。
……付き合ってもいないのに、妄想はなはだしいとはこのことだ。

賑わうロビー。響く喧噪。
そんな中、集団に混じってはいるが、彼らの恋愛話に全く食いつかない男たちがいた。


自転車競技部の福富、荒北、東堂、新開の4人だ。
何かと目立つことの多い彼らは、学年の中でも……いや、むしろ学園の中というくくりで見てもモテる部類に入る。

顔面偏差値の高い東堂や新開は言わずもがな。他のふたりにも熱心なファンが付いているらしく、数か月に一度は告白されているという噂もあるのだ。

自身を美しいだなんだと常に触れ回っている東堂は別として、他の3人は自分たちのモテ具合などをいちいちひけらかすようなタイプではない。

……モテる男たちによる『カワイイの定義』といえば、それだけで気になるではないか。

いつものごとく無関心を決め込んで音楽を聞いたりサイクル雑誌を読んでいる彼らに、男たちは目配せをして近づくと、その周りを取り囲んでわざとらしく肩を叩いた。

「なあ、お前らは誰がカワイイと思うんだ?」

これだけ騒いでいたのだから、話を聞いていなかったとは言わせない。
4人の視線が一様に上がり、自分たちを取り囲む好奇の瞳を見回して、呆れたように肩をすくめていた。

逃げるだろうか。いや、逃げようったって、答えるまでは逃がす気はない。
幸い今日は土曜日だ。明日のチャリ部の練習が自主練だということも日々の付き合いでわかっている。

……つまりは、話すまで帰す気はないのだ。

不敵に笑った友人たちに、4人は気味の悪いものを見ているかのように嫌そうな表情を浮かべたが、やがて諦めたようにソファの背もたれに体を預けて息を吐いた。

そうして最初に口を割ったのは、意外にも真っ先にトンズラをかますと思っていた男だった。

「……オレは顔っつーよりも足キレーな子に目ェ行くわ」
「へえ、なるほど。靖友の視線がいっつも下なのってそのせいなのか」
「ッちっげーよ!」

人を変態扱いするなと荒北が怒鳴るが、新開はそんなこと気にもとめずに「ヒュウ」と口笛を鳴らしている。

ちなみに荒北が言うには、視線を下げている理由は、自分と目を合わせると皆が睨まれていると勘違いしてビビってしまうからだそうだ。
口は悪いが、彼なりに気を遣っているらしい。なんとも涙ぐましい努力ではないか。

そんな荒北を、隣に座っていた東堂が肩を叩きながら慰める素振りを見せた。いつもの大口笑いではない静かな笑みを浮かべて『わかっている』とでも言いたげに小さく首を振る。

「案ずるな荒北。例え顔も頭も目つきが悪くとも、お前が良いヤツなのは皆知っておるよ」
「ヘエ。それはどうも、アンガトネェ!」

絶対に有難いなどとは思っていないであろう荒北の腕が東堂を捕まえ、その骨ばった拳が、グリグリと東堂のこめかみをえぐった。「ぎゃああ!」と断末魔のような叫びが上がったが、どうやらいつものことらしく、それをいちいち気にする者はいないようだった。

「んー、オレは嘘付けないような素直な子見ると良いなって思うかな」
「ロードバイクが速い女性は素晴らしい」

何事もなかったかのように話を続けたのは新開と福富だ。このふたりはてっきり渋ると思っていたのに、意外とやすやすと話していることに驚いた。

どうやら彼らとて、そういう話に興味がないわけではないらしい。
日本一、故に。王者ゆえに。常人とはどこか次元がずれていて、同じ学校の生徒たちから見ても謎の多いのが自転車競技部だった。しかし。

「ちなみにオレは断然ショートカットの似合う子だ!あの髪型は向き不向きがハッキリ別れるからな!何より活発そうな女性は総じて美しっ、いだだだだだっ!!」

でしゃばる東堂を表情のひとつも変えず、荒北が他のふたりと談笑しながらこめかみ責めをしている。
……まるで漫才だ。男子生徒は彼らの様子に苦笑を漏らす。ストイックだと思っていた彼らの青少年としての一面がチラリと見えた気がして。何だかやけにホッとしたのだった。




けれども、会話をする彼らをいくら待てども、肝心の『カワイイと思う女子』の名前が上がってこない。それどころか、会話がどんどん女の子とは無関係の自転車の話に移り変わっていっているようだ。

「ほら、佐藤とかは?カワイイだろ?」

完全に話が変わってしまう前に、と一人の男子生徒が慌てて彼らの話を軌道修正しようと声をあげる。

一例として挙げられた佐藤しおりは、彼らが所属する自転車競技部唯一のマネージャーである。絶世の美人とまではいかないまでも、彼女も顔はそこそこ整っている方だ。裏表のない性格や、無邪気な笑顔なども相まって、箱根学園の男子の中では人気の部類に属する女子なのだ。

けれど恐らく一度だって、彼らから佐藤しおりを恋愛対象として見ているという話など聞いた試しがない。

彼女の名前があがったことで、4人の視線が一斉にその男子生徒へと向く。そうして、皆が皆、目をぱちくりとやって、互いに顔を見合わせていた。

「……しおりが?」
「カワイイ?」

全く噛みあわない単語がくっついている、とばかりに彼らは頭に疑問符を浮かべている。

「え……いや、だってカワイイだろ」

4人があまりに神妙な顔つきをして考え込んでいるので、なぜか男子生徒が彼女のフォローをするような形になってしまった。

だって、あれだけ近くにいるのに、そのうちの一人にも褒めてもらえないだなんてあまりにも可哀そうすぎる。

すると彼らはピタリと動きを制止して、彼女をかばった男子生徒をジロリと見上げてきた。そこに漏れだす不機嫌と言えば、思わず心臓が縮み上がる程の威圧感だ。

「しおりが好きなのか?」
「え!?ち、ちがうって!
「だが今お前はしおりを『カワイイ』と言った」
「ただ一般論を言ったまでだ!それにオレはB組の美術部の子派だし!」

あまりに慌てて思わず謎のカミングアウトをしてしまった男子生徒に、周りからヒュウヒュウと茶化しの声が上がる。
墓穴を掘った男子生徒は、「ちくしょう、なんでこんな恥ずかしいことに……」と顔を赤くするが、どうやら彼のウブさが功を奏したらしい。
不機嫌だった4人もそれで納得し、先ほどの殺気を仕舞い込んでいつもの風貌に戻っていた。

けれど、だったら佐藤しおりは彼らにとって何なのだろうか。ただのマネージャー?それとも女友達?普段の彼らを見ていると、そんな軽い言葉で括れるような関係には到底見えないのだが。

未だ自分を冷やかす声の鳴り止まないロビーの中。男子生徒は恥ずかしさを紛らわすように、俯いて、彼らの話にだけ耳を傾けることに決めたのだった。





……話の内容は、引き続き佐藤しおりのことらしい。

話をかいつまんで聞いていると、どうやら彼女は彼ら4人から『じゃじゃ馬』扱いされているようだ。
確かに気も強そうだし、あの男所帯の中でうまく渡り歩いているのだから相当度胸も据わっているのだろう。

彼らの意見にも一理はある。けれどやっぱり誰からも『カワイイ』と言ってもらえない彼女には同情せざるを得ない。

距離が近すぎるとそんなものなのか、と、当事者でもないのに妙な落胆を感じていると、不意に彼らがうわ言のようにつぶやく声が聞こえて、その内容に思わず顔をあげてしまった。

「まあでも、じゃじゃ馬だけど、さすが馬ってくらい足まっすぐでキレーなんだよなァ」
「素直でいい子だしな。素直すぎてオレのプリン食っちまったの隠し切れてなくて目泳いでたのは笑った」
「ショートカットも似合うしな!」
「何よりロードバイクが速い」

それを聞いていた自分の目が、驚きで丸くなるのが分かった。

好きな子を暴露して、皆に囃し立てられたときよりも、顔が。耳が熱くなっているのを感じていた。

「お前らさ、それ自覚あって言ってんの……?」
「は、何が?」

4対のキョトンとした目がこちらに向いたのを確認して、男子生徒は「ああ、やっぱり」と悶えたい気持ちをなんとか押し殺して顔を伏せた。

今知った。無自覚な好意ほど、性質の悪いものはない。
彼らが語っているのは『カワイイの定義』どころの話ではない。これは、こんなのはただの『のろけ』だ。

彼女の存在を、勝手に自分の大切なポジションへと位置付けた上での『のろけ話』。

それにすら気づいていない彼らに、男子生徒は頭を抱えて唸ることしか出来ないのだった。





男子寮の夜は、今夜も明日も、この先もずっと騒がしいのだろう。
教師から。女子から解き放たれた男の園で、陳腐な恋愛話に花を咲かせ続けるのだ。

けれどこの夜から変わることがひとつ。
それは、これ以降誰も佐藤しおりの名前を出さないであろうということだ。

面倒くさ過ぎる彼らからの感情。それを一身に受けているのであろう彼女の苦労を思い、なおさら不憫に思うのだった。





→次ページはリクエスト時に頂いたメッセージへのお返事です。

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