リクエスト | ナノ

▼ (後編)
二人が買い出しに訪れたのは、箱根学園御用達の大型サイクルショップだった。あらかじめ買うものとその個数のメモはしてあるし、この店の内装も熟知している。これなら、さほど時間はかからなそうだ。

「テーピング、湿布、粉ドリンク。あっ、ボトルも新しいもの何本か買わなきゃ」

次々と手に持った買い物カゴに品物を放り込んでいく。備品の大人買いは我が箱根学園自転車競技部では全く日常茶飯事のことなのだ。
一瞬にしてカゴが半分ほど埋まってしまったが、それでもまだメモの五分の一も消化仕切れていない。購入予定品の羅列に息を吐けば、それと同時に腕にのしかかっていた買い物カゴの重みが消えた。

驚いて隣に目をやると、そこには平然と買い物を続けている荒北の姿がある。けれど先ほどと決定的に違うのは、今までしおりの手の中にあった買い物カゴが荒北の手中にあることだ。
取り返そうと手を伸ばせば、それを見越したようにしおりがいる方とは反対側の手に持ち変えられてしまった。

「……ちょっと」
「ンだよ」
「カゴ。返して」
「ヤダね。オメエこそ、荷物係の仕事取ってんじゃねえぞ」

そう言っておでこを軽く小突かれる。スタスタと歩き出して行ってしまう荒北に不服げな視線を向けながらも、しおりは彼の後に続いた。

カゴを死守しながら買い物を続ける彼の少しだけ猫背な後ろ姿。
他のものに目移りもせず、黙々と必要な物を必要な分だけカゴに入れていくそのスピードの早いこと早いこと。

これが新開や東堂なら、すぐにアレも買おう、コレは少し多めに、と口を挟んでくるに違いない。しっかり指定そうな福富だって、口には出さないが気になる商品の前で立ち止まって動かなくなるタイプだ。

それなのに、荒北はどうだろう。迷いもせずに、止まることもせずに黙々と買い物を続けている。
――何をするにもダルそうで、いつだって文句ばかり垂れているのに。

彼の生真面目な一面に感心する気持ちと、懸命におつかいを頑張っている微笑ましさにくすりと笑えば、荒北は一瞬気味の悪そうな表情でこちらを見やり、しかし買い物の手だけは止めなかった。

容赦なく商品を過去の中に投げ入れる彼のおかげで買い物カゴの中は既にいっぱいだ。骨ばった彼の肌に食い込む買い物カゴの取っ手の具合で、それがいかに重いかなど容易に想像がついた。

いくら力のある男の子といえど、この備品の山はさぞかし重いだろう。なのにこうやって、いつだって強がって平気なふりをする。これだから見栄っ張りは世話が焼けるのだ。

荒北が、リストにのっている商品を探して商品棚を漁っている。もっとわかりやすく陳列しろよ、なんて悪態をつきながら夢中になっている彼に気が付かれないように、しおりは買い物カゴの取っ手にそっと手を伸ばした。

奪うのが駄目でも、手伝うくらいはきっと許されるだろう。






**********





「ねえねえ、見て。あの子たち可愛い」
「ふふ、カップルかな」

聞こえてくる声に、自然と頬が熱くなってくる。自分も彼女も気になどしていないふりをして真っ直ぐ前を見て歩いてはいるが、手にはじんわりと汗が滲んでいた。

二人並んで歩いている姿は先ほどとなんら変わりない。
変わったのは、分散された買い物カゴの重みだ。荒北がチラリと隣を歩く視線をしおりにやれば、彼女も自分と同じく頬を染めているのが見えた。

「……しおりチャンさあ」
「わかってるから、言わないで」

どこか強張った声色に、荒北は呆れたように息をついた。

自分の手には相変わらず商品でいっぱいになった買い物カゴが握られている。けれどその取っ手を掴む手はふたつに増えていた。言っておくが、決して片手で持つのが辛くて両手で持っているのではない。ひとつは彼女の手だ。

そう、いま荒北としおりはひとつのカゴを二人で持っている状態でレジの会計待ちをしているのであった。

大方、彼女は重い荷物を持つ自分の負担を減らそうと買い物カゴの取っ手に手を伸ばしてくれたのだろう。部活でも、私生活でも、何かと気の回せる彼女ならではの気遣い。ただそれだけだ。

実際ギッシリと商品の押し込まれたカゴはとてつもなく重かったし、彼女が手伝ってくれて助かっている。
けれど、自分と彼女が二人でひとつのカゴを持つこの状況を周りが勘違いしてしまうのは当たり前といえば当たり前だった。

時折聞こえてくる、自分たちに向けられているらしい何とも優しい見当違いな会話にありがたさで涙が出そうだ。
だから自分たちはそれを無言で否定しようと、決して目を合わせず、口もきかずに、ただ気にしていないふりをする。取っ手越しに少しだけ触れている手の熱さでそれが本当に『フリ』であることは語らずともわかっていたが、そうするしかなかったのだ。

話したいことが沢山ある。早く会計を終わらせ、店を出て、彼女といつもの様にくだらない話でもして笑いたい。
それが何よりの願いであるのに、残念ながらこんな時に限って店のレジは激混み状態だった。
平日の夕方だというのに、まるで休日のような列の出来具合。ひぃ、ふぅ、みぃと数えていけば、どうやら自分たちの会計の順番が来るのはまだまだ先のようだった。

……しかし、だ。
周囲からの好機の目に晒されるのは御免だが、ぶっちゃけると、こんな状況を悪くないと思っている自分もいるのだ。
何故なら、学校でも部活でも彼女の隣にはいつだって誰かがベッタリとくっついていて、こうして二人でいる時間などないに等しいからだった。

それより以前は校庭の『あの場所』でよく二人で話していたものだが、最近の彼女は同期はもちろん、先輩後輩関係なく引っ張りダコなのでさっぱりだ。
なので、状況はどうあれ彼女と過ごせる貴重な時間が少しでも伸びるこのレジの待ち時間に。もっと言えば、彼女とカップルとして見られているらしいこの状況に、正直に言えば少し浮かれていたのだった。

「しっかし、運悪かったな」

ようやく自分たちにまで会計の順番が回ってきた頃、浮き足立っている気持ちを隠すように荒北がボソリと発すれば、それに反応したようにしおりがピクリと肩を揺らした。
店員が次々に商品の値段を読み上げて袋詰していくその最中で、動揺したように視線を動かし、少しうつむいた。

「ご、ごめんなさい」
「は?なんでしおりチャンが謝るワケ?」
「いや……その、私実は今日のうらなっ…――」

しおりが言いかけたところで、ちょうど商品のスキャンが終わったらしく店員が合計金額を読み上げる。すると彼女はハッとしたように部費袋を取り出したが、あまりにも慌てたもので、盛大に中身をぶちまけてしまった。

「ご、ごめんなさい!」

店員や他の客に手伝ってもらいながら全て拾い集め、その全ての人に礼を言って何とか会計を済ませる。
羞恥で顔を真赤にして涙目になっているしおりの、彼女にしては何とも珍しいミス。思わず唖然としてしまい立ちすくむ荒北に、隣のレジで会計中の誰かがひっそりと。けれど愉快そうに声を上げるのが聞こえた。

「ほら、彼氏がフォローしてあげな」

その茶々が聞こえたらしい、彼女の目が一瞬驚いたように見開かれて、荒北の姿を捉え、慌ててそらす。
そして、何を思ったか大きな買い物袋ふたつ分にもなった備品を火事場の馬鹿力とばかりに両手で引っ掴むと、逃げるように出口の方へ駆け出してしまった。

「おい!バカ待て!」

声も聞かずに自動ドアを通り過ぎ、道路へ出る。荒北が後ろから叫びながら追いかけてくるのも聞こえないように、彼女はそのまま歩道橋へと足をかけた。
大荷物を両手に抱えたまま急ぎ足で階段を登っていく。そして数段登った所で、彼女の足は運悪くも風で飛ばされてきたらしいビニール袋を踏み、バランスを崩した。






グラリと揺れる世界に、回る視界。
落ちる恐怖を知りすぎている体は受身の体勢を取ることなくただ強張り、荷物の重みも相まって重力のままに後ろに引っ張られた。

「しおり!!」

初めて呼び捨てされた名前の新鮮さに驚きとか、感動を覚えている暇もない。
スローモーションのごとく落ちていく景色に、ただただ自分の運の悪さを呪うことしか出来なかった。





**********





ぐったりと弛緩した軽い体を背負い、落とさないように慎重に歩く。手首にかけたパンパンの買い物袋が食い込んで痛みを感じていたが、荒北の心中はそれどころではなかった。

階段を踏み外した彼女の体は、すんでのところで追いついた荒北が見事にキャッチし、無事だった。しかし『落ちる』ことに弱い彼女は案の定ショックで目を回しており、とてもじゃないが歩かせられる状況ではなかったのだ。

もちろん、誰かに連絡を取ることも考えたが、あいにく荒北は携帯電話を部室に忘れてきており、しおりの方も持ってはいたものの、画面ロックで暗証番号を入力しないと開かないようになっているらしくどうにもならなかったのである。

結果、荒北が背負って運ぶ他選択肢などなく、このような状態になっているというわけだ。

彼女の穏やかな吐息が首元をくすぐっている。
抱え込んだ太ももは健康的で弾力があり、そして何より背中に感じる自分にはない柔らかな感触が歩を進める彼の気を散らす。

わかっているさ。気絶した相手にこんな不埒を抱くのは良くない。
けれど一端の男子高校生が女子高校生をおぶった際に抱く感情など、得てしてこんなもののはずだ。
……いや、この際はっきり言おう。めちゃくちゃラッキーだ。神様ありがとう。

その時ふと、荒北は思い出した。
それは今日の朝食時、寝ぼけ眼で見た占いのことだった。

よくある十二星座の占いだ。二位から十一位までを一気に映し出し、それから一位と最下位を紹介するというスタンスのもの。中間順位の後に映しだされた一位の星座は、確か『おひつじ座』であった。

「ああ、そういえば今朝の占い、オレ一位だったな」

占いもたまには良いじゃねえか、とご機嫌に発せられたラッキー・ボーイの呟きを、背中のアンラッキー・ガールは知る由もないのであった。




→次ページはリクエスト時に頂いたメッセージへのお返事です。

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