リクエスト | ナノ

▼ (前編)
朝。五時にセットした携帯電話のバイブレーションに起こされる所からしおりの朝は始まる。
外はまだ薄暗いらしく、カーテンの隙間から漏れてくる光はほとんどない。頼りになるのは室内のオレンジの豆電球の明かりだけだ。
まだスヤスヤと寝入っているルームメイトを起こしてしまわないようにそっとベッドから這い出し、身支度を整えた。

朝練は六時半からだ。まだ十分に時間がある。ぼんやりとした頭を冷水で覚ましてサッパリさせて、寝癖直しのスプレーを髪に吹きかける。丁寧にクシでとかしてドライヤーでブロウし、髪が出来上がったら歯磨きだ。
自転車競技部に入ってからずっと続けているこの習慣は、既に朝の流れ作業と化していた。

身支度を整え終わると、一旦部屋を出て寮の食堂に向かう。まだ朝食の時間には早過ぎるので食堂は開いていないが、それでも食堂の調理員さんたちは絶賛朝食仕込中だ。
入り口を軽くノックすれば、しおりの存在に気がついた調理員の一人が顔を上げてパッと笑顔をみせてくれた。

「おはよう。今日も早いねえ、はい。今朝の分!」
「おはようございます、いつもありがとうございます!」

用意してあった手作りの簡易食を手渡され、しおりはペコリと頭を下げた。今日のメニューはサンドイッチにパックの牛乳、それにデザートのプリンだ。
これは朝練や用事で寮の朝食が摂れない生徒たちへのサービスで、事前申請すれば調理員さんたちが作っておいてくれるのだ。育ち盛りで一番食べなくてはならない時期に朝食を抜くなんてことのないようという、学校からの配慮。

しおりはありがたく使わせてもらっているし、きっと他の部員たちもこの恩恵に授かっているであろう。
日によっておにぎりだったり、パンだったり様々だが、今日はしおりの好きなレタスとチーズのサンドイッチで、朝からなんだか得した気分だった。

部屋に帰ってきて、貰ってきた朝食にかぶりつきながら消音設定にしてあるテレビのスイッチを入れた。数秒の後、映しだされた画面で、朝の占い番組をやっているのが目に入り、しおりは何気なしにそれを見つめていた。

よくある十二星座の占いだ。二位から十一位までを一気に映し出し、それから一位と最下位を紹介するというスタンスのもの。
朝の習慣として作業化しているしおりの行動の中で、この占いチェックもひとつの項目になっているのだった。

サンドイッチを頬張りながら、いつもの通り、簡略化された中間順位の一覧に目を通す。その日、残念ながらしおりの星座はこの一覧には含まれておらず、思わずギクリと身を固くしてしまった。

尺の関係上、あまり視聴者を焦らすことも出来ないのだろう。間髪入れずに映しだされた一位の星座に、しおりは軽く息を吐いた。……自分の星座ではない。
ということは、自動的にしおりは最下位ということになる。

占いは、あまり信じない。信じてはいないが、それでも朝の始まりから『今日は最悪!』なんて言われるとテンションも上がらないのは皆同じはずだ。
サンドイッチの最後の一口を放り込み、パック牛乳を飲もうと背面についている付属の伸縮ストローを探る。しかし、そこにあるはずのストローはどういう訳か付いておらず、引きちぎれた跡だけが残っていた。

搬入中に落ちたのか。それともしおりがどこかに落としてきたのか。
仕方なしにデザートのプリンの方を食べようと、そちらに目をやった。

「スプーンが、ない」

こちらはおそらく、調理員さんの渡し忘れだ。牛乳にしろ、スプーンにしろ、時間的に食堂まで貰いに行く時間もなさそうで、しおりはガックリとうなだれてしまう。
朝から貴重な二品目が食べられないなんて、今日はなんて運が無いのだろう。

……運?
そこで今みた占いの結果を思い出して、ハッとまだ点きっぱなしのテレビの方を見た。番組はもう別のトピックスに切り替わっていたが、脳裏には確かに先ほどの十二星座占いの画面が焼き付いている。十二位……最下位。最悪の日。

そこまで考え、ふと時計を見れば、もう出発しなければいけない時間になっていた。慌ててテレビを消して、部活道具と学校カバンを掴んで寮を出る。

「いってきます!」

寮母さんに挨拶して勢い良く寮を出る。
……占いと現実の運とは別物だ。そうに決まっている。

そう言い聞かせて、部室までの道を全力疾走で駆けた。


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